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Fake,Face 16

 「ギャー」
 女の悲鳴で、ヨシオは目を覚ました。
妻のキョウコが叫んでいる。
 「その顔!」
 何がどうなったのか、理解できないままヨシオは二日酔いの泥から体を起こそうとした。天井を見ると自宅のリビングで寝ていたことは分かった。白いサークルライトが黄色く濁って歪んだ。激しく喉が渇いていた。

 ······居酒屋で飲んで、タクシーで帰って、
 「えーっと、それから······」
 寝室に戻らないまま、リビングの炬燵に潜り込んで寝てしまったのか。朝になって起きてきたキョウコが炬燵布団をめくった。
 顔の半分が火傷をしたような熱を帯び、右目と周辺が痛んだ。
 「これは······」
 顔の右半分が異物になっていた。

 体を起こせないまま、うなり声を上げるヨシオの姿にキョウコは動転した。
 「救急車を呼ばないと!」
 「ちょっと待ってくれ。水だ、水、氷も、それから鏡を持ってきて」

 手鏡で自身の顔を見たヨシオは、声をこらえた。
 「これは、俺の顔か·····」
 震える鏡像の中、右眼のまぶたから頬骨にかけて紫色に変色して腫れ上がっていた。
 「何があったの!」
 キョウコに冷たいタオルをあててもらって、ヨシオは昨晩の記憶をたぐり寄せた。
 「·····ゴルバチョフが、その」
 「ゴ、ゴルバ?」
 あのタクシーから降りるとき、よろけたヨシオは開いたドアの角に右眼あたりをぶつけたのだ。そのとき、一瞬、火球を見たような衝撃がよみがえった。
 「お客さん、大丈夫ですか?」
 ゴルバチョフは運転席から駆け寄ってヨシオを支えた。
 「たいしたことはない。ありがとう」
 酔っていてあまり痛みを感じないまま、ヨシオは自宅に戻ったらしい。

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アキボー@時代遅れのジャーナリスト
シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!