Fake,Face 8
「こうなれば図書館で確かめるか·····」
ヨシオは手早く身支度を調え、野球帽をかぶってマスクを着け、バス停へ向かった。
家でじっとしていると、「間違った」映像や写真が脳裏にフラッシュバックする。
ケヤキ並木は大方が落葉し、公園の桜の葉は濃く色づいていた。
桜は一気に開花するが、秋が深まると葉は一枚一枚、赤かったり黄色だったり、同じ葉でもところによって色が異なる。虫に食われ、備前焼のようになってそれぞれの表情を持つ桜紅葉をヨシオは好んだ。
リタイアしてからの日々、年金の足しにアルバイトを探す手もあったが、ためらっているうちに時間が過ぎていった。曜日の感覚が薄れ日時の流れが加速していった。毎週楽しみにしている旅番組が、まるで昨日観たような感覚で巡ってくる。
図書館はヨシオにとって、大事な施設となっていた。「ちょっと図書館へ」が外出の理由でもあったし、毎週のように利用していた。
閲覧コーナーには同じような年格好のシニアが群れていた。メモを取りながら読書をする人もおれば、本を開いて堂々と居眠りを決め込む人まで、まさにおっさんの王国となっている。
ただ一つだけ、図書館には問題があった。ときたまヨシオが勤めていたとき苦手にしていた先輩もしばしば利用していることだった。確かに骨があって信頼できる人物で、それなりに人望もあったものの、とにかく何事も上から目線でしか対応できないタチの人だった。
仕事の上ならそれでも構わないが、お互いリタイア後に出会っても彼は物腰を変えなかった。変えることができない人なのだろう。
「オオッ、ヨシオやないか。元気か? 俺のブログは読んでいるよな」
こんな調子でいきなりマウンティングしてくるのだ。
これで済んだらいい方で、「久しぶりに一杯行くか」と誘われたことがあって、居酒屋で政治や経済談義に付き合うこととなった。先輩は酔えば酔うほどムラムラと怒りが膨らんでくるタイプだった。
大きい白目が血走り、伸びるに任せた眉毛がピクピクと震え始め、顔が青ざめてきたら逃げ時だ。西郷隆盛がヨシオをにらみつけていた。実際の西郷さんは飲まなかったらしいが。
図書館で歴史書の書架を前にヨシオは、しかし、強い疲労感を覚え、とりあえず手に取った本を持って閲覧コーナーに座り込んだ。突然のように襲ってきた不可解なズレとの格闘に、戦意が萎えつつあった。
「もういいか―。多分、ここで確かめても結果は同じだろう」
そう思いながら、次の恐怖を想像した。
「歴史書に登場する人物があれ以外にもことごとく違っていたら·····」
記憶の混乱は、収拾がつかなくなってしまう。目を閉じると頭の芯のこわばりから、蜂蜜のような眠気がにじみ出してきた。