スポーツ選手には、夢を見せてもらいたい

 こんにちは、無茶な要望ですが、「スポーツ選手には、夢を見せてもらいたい」と思います。

政治的な発言・お金の話

 スポーツ選手が政治的な発言をすると、決まって、スポーツと政治は切り離せという声が上がり、そして選手はそれに反発する。特に政治的な発言をする選手に限って、反発が強いものです。

 人間には、表現の自由というもののがありますから、スポーツ選手だって、政治的なことを考え、発信したい気持ちはわかります。しかし、それにまつわるゴタゴタが繰り返されると、ファンとしては幻滅してきてしまうのも事実でしょう。

 またあるサッカー選手は、「別にサッカー好きじゃない」というような発言をしたとか、しなかったとか。引退後もお金を稼ぐために一所懸命になって、サッカーの話題など全く聞かなかったりします。それはそれで、個人の自由ですから、お好きに生きたら良いのですが、しかし、ファン心理では、サッカーが好きで、引退後もサッカーに勤しんでほしいと思ってしまいます。そして、引退後も、良いプレイを見てみたいというのは、ファン(個人・競技どちらにおいても)だからこその気持ちです。

ファンの気持ち(押し付け・理想)

 競技愛や選手個人を好きであるがゆえに、ファンはその選手に、理想を抱いてしまいます。例えば、サッカー選手だったなら、サッカーを好きでいてほしいですし、引退後もサッカーをしていてほしい。決して、「サッカーが嫌いになりました」「サッカーじゃ金が稼げないから、投資家になります」なんてことは聞きたくありません。

 これは、あくまで、ファンの理想です。選手の人生をファンがすべてカバーできるわけがありません。ファンが、選手のために何億の金を用意して、サッカー漬けで生涯暮らせるようにすることもできません。無理だからこそ、選手は引退後のセカンドキャリアを考え、そして、最適な行動をとるのです。

 これは選手が人生をまっとうするために必要な行動です。ファン自身も自分の人生を見てみると、働かなくては、年金で生活できない…、というような悩みの中で生き、そして、余暇としてスポーツを楽しむはずです。スポーツだけが人生ではない。それ以外の要素がたくさん集まって、人生が形成されるのです。
 ファン自身も、自分の人生を踏まえれば、選手が人生をまっとうするために、いろんな選択肢を取り行動することに理解を示すことができるでしょう。

虚像が生まれる仕組み。なぜ理想を描くのか?

 普通の会社員だって、政治的な発言をする。ならスポーツ選手が政治的な発言をするのだって間違いではない。とはいえ、スポーツ選手は、個人だけでその地位、名声を手に入れたわけではありません。小さな大会から、大きな大会まで、選手が活躍するための場所を提供しているスタッフやスポンサーが存在しているからこそ、インフルエンサー的な影響力を獲得できるのです。誰にも注目されないスポーツをやっていても、世間で知られることはないでしょう。

 テニスの4大大会。これに出場するためには、それ以外の大会も踏み台にしなければなりません。いきなり4大大会に出れるはずはありませんからね。実力が認められなければならない。実力を認める人も存在しており、決してプロスポーツ選手の存在は、個人だけの認知で成り立っているものではありません。多くの人の認知の上に立っているのです。

 そして、その認知は、実際のところ多面的ではなく、一面的です。選手はたった一面、スポーツをしているところしか、興味を持たれていないのです。残念ですね。スポーツをしていなかったら、関心を持たなかった人もいるでしょう。小さな大会で10人に認知される。次の大会では100人。それがどんどん膨れ上がって、何万人ものフォロワーがつく。そのどのフォロアーも、スポーツをしているところしか興味を持っていないのです。

 これは、これで面白いですね。一面でしか認知されていないのに、何万人ものフォロワーがついているのです
 例えば大坂なおみという選手が射ますね。この選手はテニスをしているという認知のもとにフォロワーを獲得しています。フォロワーの多くが大坂なおみ=テニスと認識し、それ以外の大坂なおみというものは認知されていないのです。

 人間は、多面的に捉えても捉えることができません。コンピュータのようにきっちりと白黒分かれているわけではなく、流動的で、表も裏もあり、コミュニティによっていくつもの顔を使い分けます。
 それなのにも関わらず、大勢の人がテニス=大坂なおみと、テニスでしか大坂なおみを認知できていないのです。これは非常に面白いですね。そして、それ故に、メディアに現れる大坂なおみは、虚像になってしまうのです。
 本来の大坂なおみは、テニスもあれば、私生活もある、表の顔もあれば、裏の顔もある。家族に見せる顔、試合中の顔、恋人に見せる顔。いろんな顔のもとに成り立っています。しかし、メディアを通して認知された大坂なおみは、テニスしか持っていないのです。ある意味、テニスをやっているから価値を見いだされ、テニスをやっていなければ価値はない。それくらいの認識を持たれてしまっているのです。

 今でこそ、スポンサーも政治的やジェンダーなどの主張のために大坂なおみを使い、テニス以外の大坂なおみ像も生まれていますが、それでもテニスの大きさに比べれば、非常に小さいものでしょう(だから、叩かれてしまう)。

大空翼こそ理想

 スポーツ選手は有名になればなるほど、虚像になってしまいます。それ故に、ギャップによる反発が大きくなる。理想と現実が、スポーツ選手にも、ファンにもあるわけですね。

 そんななかで、おそらく多くの子供達に夢を与え、そして今なお影響が残っている選手がいます。小見出しにあるとおり、キャプテン翼の主人公、大空翼です。大空翼に憧れてサッカーをプレイし、そして、プロになった人までいるそうです。リップサービスか、本当かわかりませんが・・・。

 大空翼は、漫画の中で描かれている虚像です。現実には存在しない。漫画で描かれている世界や、翼の言動は、全て作者が創作したものです。しかし、それだからこそ、大空翼はいつまでも理想的なスポーツ選手なのです

 大空翼が、政治的な発言をしなかったことはありません。ジュニアユースで、内戦の話がありました。しかし、翼はその後、サッカー平和宣言なるものをスピーチします。そう。なんじゃそら、と思われるかもしれませんが、これでいいのです。翼=サッカー。そしてサッカーによって、平和が訪れてほしいと望むのは、サッカーという夢を見せてくれた翼に対して、幻滅せずに、そして無条件で応援したくなるような気持ちをいだかせてくれます

 キャプテン翼 ライジングサンのドイツ戦においても、シュナイダーのシュートを防ぐために若林の背中が裂け救急車に運ばれましたね(しれっとネタバレ)。そして、後半カルツとの接触プレイ。外野から、「若林がやられた敵討ちだ」と野次られますが、翼は正面から反論します。

「サッカーは相手を傷つけるスポーツじゃない。俺たちはそんなことを目的としてプレイしたことなど一度だってない。負傷したのは、両チームの全力を尽くした、必死のプレイの結果だ」

 綺麗事かもしれませんが、これなんですよね。
 翼に限らず、必死にサッカーをしているから、多くのファンを獲得し、翼でサッカーの夢を見ることができるのです。漫画だからといえば、それまでですが、翼が綺麗事を言えば言うほど、フェアプレイをすればするほど、感動してしまうのです。
 サッカー選手が試合中に暴力沙汰など見たくないものですし、政治的な思想のもと、試合を妨害するなどもってのほかです。

 ファンは純粋に、スポーツを楽しみたいのです。ただそれだけなのです。

 大空翼は、いろいろと文句を言われることはありますが(必殺技がやばすぎる、セグウェイドリブルってなんやねん…とか)、それでも純粋にサッカーを楽しませてくれるという点では、幻滅することは一切ありません(セグウェイドリブルで幻滅する人はいるかも知れませんがね)。サッカー=大空翼の図式は崩されないためです。

スポーツを楽しみたい心理

 結局の所、スポーツに関心を持っている人の多くは、選手の生き方などどうでもよく、スポーツを楽しみたいだけなのです。そして、スポーツ選手は、プレイしているスポーツでしか認知されない虚像のため、それ以外の行動を取ると幻滅してしまうわけです。ある意味、スポーツ選手は、スポーツという興行でお金を稼いでいるわけですから、興行中(引退までの期間)は、夢を見させてもらいたいと思います。

 あくまで勝手な理想ですけどね。

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