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『増補改訂 アースダイバー』中沢新一著 書評
<概要>
地形学・地理学に宗教学の要素を取り入れて、時系列の物語をその土地に見出していこうとするアースダイバーの概念を世に問うた宗教学者のアースダイバー東京編(増補改訂)。
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<コメント>
その土地土地には、人間の物語が宿っている。その物語は、その土地ごとの地形によって特徴づけられている。このような視点を取り入れたのがアースダイバーですが、若干の著者ならではの想像力も加味させながら、一級の読み物として成立しており、先にアースダイバー大阪編で体験したのと同様の充実感たっぷりの読後感でした。
特に地理好きの人にはたまらない魅力的な本で、既に17年前(2005年)に出版されて以降、これまでの洪積台地の視点に加え、沖積低地の視点を加味することで増補改訂版(2018年)は、さらにパワーアップしています。
本書含め、宗教民俗学者の五来重の書籍を読むと、
日本列島の文化圏は、地理的には「山岳」「洪積台地」「沖積低地」に整理されるようなイメージです。
まだまだ不勉強なので、現段階ではこの程度ですが、いずれ「空間軸=地理」と「時間軸=歴史」の掛け合わせ(=風土論)によって、人間の営みを整理したいと思っており、日本列島に関してはこの3つの区分が、風土論的にはわかりやすい区分のように感じています。
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中でも本書は、洪積台地と沖積低地の対比に注目しており、これは縄文海進と呼ばれる、7000年ぐらい前の温暖な時代に海面が今よりも高く、ちょうど洪積台地の部分が海岸線になっていた時代に焦点を当てつつ、この時代のこの地域(洪積台地の端の部分)に日本の集落のルーツがあり、その名残が今の神社仏閣などの宗教施設として残存しているのではないかと推測。
■洪積台地
河川や海の作用によって平坦面ができ、その後、相対的にまわりよりも高くなった土地。
■沖積低地(「沖積平野」ともいう)
平野には、地表面が削られてできた「浸食平野」(北欧や北米など)と、山地が浸食され、そこから運搬された土砂が沈降で生じた凹所を埋め立てた「堆積平野」があり、日本の平野の場合は「堆積平野」が主で、最新の時代の堆積物という意味の沖積層の低地という意味で「沖積低地」と呼ばれる。
双方とも、明治の初頭に地質学教師として来日したナウマンやブラウンスが東京や横浜について記述して以来の名称。
著者主張のおおよそは洪積台地と沖積平地の二元論的なカタチで土地を性格付けると下表のようになります。
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このように東京を「洪積台地」と「沖積低地」と対比ででそれぞれの土地の性格を語る方式は、アースダイバー大阪編の「ディオニソス軸」と「アポロン軸」による対比同様、著者ならではの独特のその意味づけが面白い。
特に著者含めて我々が惹きつけられるのは、沖積低地の方。「無縁」を特徴とするので移民・流民がさまざまに押し寄せ、さまざまな文化を創造するのが沖積低地。
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イノベーションは「混ざる」ことによって生まれるわけだから硬直的な定住民の地域「洪積台地」では新しい文化や魅力的な文化は生まれません。さまざまなヒトやモノやカルチャーが混ざるからこそ、人を惹きつける魅力を醸し出す。
そして災害を回避できるのが「洪積台地」。災害をまともに被るのが「沖積低地」。
地盤が固く高地の「洪積台地」では地震も洪水も回避することができます。一方の「沖積低地」は地盤が緩く低地なので、定期的に地震や洪水などの災害を被り、破壊と創造のサイクルが天災によって強制されてしまいます。
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しかしそうやって、新しい価値が生まれる。そんなセオリーが本書を読んでも実感できます。
今の日本も、移民を受け入れ、金銭解雇で労働者を解放するなど、あらゆる規制を緩和して産業を流動化しないと、このまま沈没してしまうのは必定。このような変化は治安の悪化や失業の増加などの痛みを伴いますが、これらの痛みを乗り越えないと、日本は文化的にも経済的にも新しいイノベーションは生まれにくいでしょう。
*写真:東京上空より(2021年5月撮影)