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今に生きる野蛮の文化、アメリカ南部 「名誉と暴力」 書評
<概要>
アメリカ南部における殺人や暴行事件の多さは(北部との比較で)、牧畜文化にルーツを持つ「名誉の文化」が原因だとし、認知的・感情的・生理的実験や態度・行動などあらゆる実験・調査からこの仮説を実証した著作。
<コメント>
社会心理学者ニスベットの著作は、人間の知能は50%が遺伝要因だが、残り50%は環境要因なので、環境次第で知能はより高めることができる、と提言した著作「頭のでき、決めるのは遺伝か環境か」に続き2冊目。
本書の英語版は上の著作よりも前の著作(1996年出版)で、アメリカ南部を題材に「生態学的視点から特定の価値観が生まれるのでは」という、和辻哲郎の風土論的視点から文化を理解しようと試みた意欲作。
■名誉の文化とは
名誉の文化とは、暴力に訴えることによって自分の高潔さや強さ、あるいはその両方の評判を守ろうとする文化。
名誉とは、一般的な定義である「魂の高潔さ、度量の大きさ、癒しさに対する軽蔑」に加え「個人の社会的序列を決め、誰が優先されるか、を重んじる」という意味での名誉のこと。
そして名誉の文化が他の文化と異なるのは、こうした名誉を手に入れるため、あるいは守るために「暴力」が用いられる点。
具体例がちょっと驚きです。
1970年代の中頃まで、テキサス州の法では、自分の妻とその愛人の「マズイところ」を見た男が彼らを殺しても、それは犯罪にならず、ただ「正当な殺人」とされていた。
つまり
南部における暴力事件の多くは、評判や地位が落ちることへの懸念、すなわち「個人的名誉の侵害」への懸念や、そうした辱めに暴力でもって応じることを適切とする暗黙の信念を反映している。
一般にこのような文化、というか価値観を保持しているのは野蛮人でマフィアなどの反社会的勢力も典型的な事例。暴力や威圧の強さ・度胸によって人間の序列が決定する文化。一方でこのような文化は、一見すると情が深く人間味があるというのも特徴。
■アメリカ南部とは
ディープサウスと呼ばれるアラバマ・ルイジアナ・ジョージアなどの深南部のことを指し、著者はこれにテネシー、ケンタッキー、ウエストヴァージニアなどのアパラチア山脈の諸州も含めるとのこと。更に「名誉の文化」が波及している地域は、西部のテキサス・オクラホマなども。
というのも「名誉の文化」は、その牧畜文化を継承するスコッチ・アイリッシュと共に移動したから。
■「名誉の文化」は、牧畜がルーツ
牧畜民(著者の書き方では遊牧民も包含)は、世界中でほぼ共通して攻撃的で暴力的になりやすい傾向を持っています。
通常、牧畜業が成立しやすい場所では、山岳地か平原かに関係なく、だだっ広い土地で人口密度も低いので、警察などの国家権力が及びにくい。
したがって、家畜は容易に盗まれやすいのはもちろん、他者から襲われる危険性も多く、自分達自身で家畜・家族も、銃を保持するなどして自らの暴力によって守らなければならないから(銃規制に反対が多いのもこの辺りの理由かららしい)。
そのためにはまず他人から「なめられてはいけない」。侮辱されたなら「暴力を持って打ちのめしてやる」という姿勢を周囲に見せつけ、その評判を得ることで家族や家畜を守っているのです。国家間の安全保障上の抑止力保持と同じ理屈ですね。
一方の農耕を生業とする土地では、略奪者は農耕地そのものを略奪しなければならないから容易に奪えないし人口密度も高い(今は機械化で低い)ので警察力も及びやすい。したがって「奪う」よりもお互いが協力し合って生産力を高める方にベクトルが向くので牧畜民よりも暴力に訴えることは少ない。
■アメリカ南部は典型的な牧畜文化
アメリカ南部は、歴史的にイングランドやオランダ・ドイツなどの「ゲルマン系」の農耕民が移住したアメリカ北部と違い、スコットランド&ウェールズ、アイルランドなどの「ケルト系」の牧畜民が住み着いたため、南部特有の牧畜文化が誕生。
ケルト人は、先史時代から牛や豚を飼い、大規模農業を行わず、自分達の富を土地での広さではなく、家畜の数で勘定し、部族間抗争や牛の強奪は日常化。
以前紹介した「反穀物の人類史」に基づく類型では、
ケルト人 =国家を持たない人々=野蛮人
ゲルマン人=国家を持つ人々 =文明人
となり、野蛮人は大概は「名誉の文化」を継承するのです。本書の事例でもギリシャの羊飼い、東アフリカの戦士やナバホ族などにも言及。
中東の牧畜民曰く
「強奪は我々の農業である」
■名誉の文化がもたらす南部人の暴力性
それでは本当にアメリカ南部人は、暴力的なのかどうか。
南北の地域別に男性を対象に、都市の規模、人種・所得の違い、気温の高低、過去に奴隷制が盛んな土地だったかどうか、などの指標に基づいて調査した結果、
白人のみ南部の方が明らかに殺人率が高い(最大で4倍)
という結果。ちなみに都市の規模、気温の違い、奴隷制が盛んな土地だったかどうか、に関しては違いはなし。黒人やヒスパニックなど白人以外の人種に関しては地域性の違いなし。同じ所得の白人同士での比較では、明らかに南部人の方が殺人率が高い。
ちなみに女性対象に別途調査した結果も同じ。南部白人女性は北部女性よりも殺人率が高い。
さらに殺人率が高い地域をより詳しく調べると、
丘陵・平原地帯(殺人率10万人あたり12.27件)の方が、農耕地帯(同4.98件)よりも明らかに高いという「牧畜が名誉の文化を育む」説を反映。
それでは殺人理由が「名誉の文化」に帰するものなのかどうか、について南北に明らかな差異があった白人のみを調査すると、
他地域に比べ南部で頻発する殺人は、口論や喧嘩、恋人をめぐる三角関係などの場面で起こるような、個人の資産や品位に関する侮辱や脅しに関するもののみで、他の理由(金銭取得など)による殺人率は他地域と変わらない。
以上、南部白人は「名誉の文化」ゆえに暴力性が高い、という結論。
これらの調査に加え、社会実験や生理的実験によって南部人の名誉の文化から発する暴力性を証明。
*南部人は北部人よりも、侮辱を受けると、
コルチゾール分泌量が多くなる(=ストレスを感じやすい)
男性ホルモンのテストステロン分泌量が多くなる(=暴力的になりやすい)
などなど。
このように国家を持たない野蛮人の文化「名誉の文化」は、現代においても脈々と生きながらえているのです。