防衛省の組織改革〜統合作戦司令部の創設〜
はじめに
陸海空の各自衛隊を一元的に指揮する常設の「統合作戦司令部」を設置することを盛り込んだ改正自衛隊法などが、10日の参議院本会議で可決・成立した。
日本を取り巻く安全保障環境が急速に厳しさを増している中で、自衛隊が平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できるよう、宇宙・サイバー・電磁波の領域と陸海空の領域を有機的に融合させつつ、統合運用により機動的・持続的な活動を行うことが不可欠であるとの認識に基づく。
ところで、X(旧Twitter)等のSNSを見ていると、この「統合作戦司令部」に関する誤解が一部の間で広まっているように思われる。そこで今回は、その誤解を解くことも兼ねて、そもそもこの統合作戦司令部とは何か、その必要性はどのようなものなのかということを解説していく。
統合作戦司令部設立の経緯
「統合作戦司令部」とは、簡単に言えば、自衛隊の部隊の全てまたは一部を指揮する司令部である。今回の法改正を受けて2024年度末に設置される予定である。
「逆に今まで陸・海・空の自衛隊を一元的に管理する組織はなかったということなのか」という声が上がるかもしれないが、結論から言うとそのようなことはない。「自衛隊の一元的な管理・運用」という任務は、今まで統合幕僚監部という防衛省内の特別機関によって担われてきた。
この長たる所の統合幕僚長は自衛官の最高位者によって担われてきており、統合幕僚監部が自衛隊の事実上のトップの組織としての役割を果たしてきたことには相違ない。では何が問題だったのだろうか。
それは、統合幕僚監部が内閣総理大臣や防衛大臣を補佐するという、外国軍でいう統合参謀本部長としての役割を同時に担っていたことにある。
一般的な軍事・防衛組織が担う2つの大きな仕事は、①文民による戦略策定及び企画立案の補佐、②自衛隊の運用及び統制である。米国では、統合参謀本部長が①を担い、統合軍司令官が②を担うといったような運用がなされている。メーカー企業で例えるなら、企画部長が①商品開発やマーケティング戦略を練り、工場長が②実際の商品の製造を担うといったようなところである。
よく考えてみれば、このように職務や権限を分割するのは至極当たり前のように思えるかもしれないが、そうではなかったのが以前の統合幕僚監部である。つまり、従来の体制では、統合幕僚長が①内閣総理大臣や防衛大臣に対して軍事的な助言を行いつつ、②自衛隊の全体の統括も任されていたのである。
このように戦略立案も自衛隊運用も任されていては、大規模災害や有事の際に、内閣総理大臣や防衛大臣への補佐と各部隊への指揮という2つの任務に忙殺され対応できない可能性がある。実際、2024年には当時の吉田圭秀統合幕僚長が能登半島地震 (2024年)への対応などに伴う過労のため2月15日に東京都の自衛隊中央病院に入院してしまい、体調が回復し公務に復帰する3月11日までの間職務を遂行できない事態となっていた。
こうした課題を踏まえ、2022年12月に策定された国家防衛戦略および防衛力整備計画では、統合幕僚監部とは別に、陸海空自衛隊の一元的な指揮を専門的に行い得る常設の統合司令部を創設することが盛り込まれていた。こうすることで、①内閣総理大臣や防衛大臣への補佐と②各部隊への指揮という2つの職務を異なる組織に分配することができるのだ。今回の法改正については、「ようやく可決することができた」というのが関係各所の本音であろう。
統合作戦司令部の役割
統合作戦司令部の役割は以下のとおりである:
自衛隊の運用等に関し、平素から部隊を一元的に指揮
陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波などの領域における統合作戦の遂行
防衛大臣の命令を受け、所要の指揮官に任務を付与、必要な戦力を各指揮官に配分し、作戦を指揮
特に、2番目の「統合作戦の遂行」は近年の世界の軍事情勢を踏まえると非常に重要なものとなってくる。というのも、宇宙やサイバー、電磁波といった新領域は、もはやそれぞれ独立して考えることはできない。ウクライナ戦争では、人工衛星を活用した画像収集システムに対してサイバー攻撃が行われたという事例(宇宙×サイバー)や、収集された衛星画像が前線の歩兵部隊に即座に共有され、それが効果的な部隊展開に繋がったという事例(陸×宇宙)も確認されている。
それぞれの部隊がそれぞれを補い合うという戦い方は今後ますます求められていくことだろう。そのような安全保障トレンドの中だからこそ、統合作戦司令部を設立することには大きな意味があるのだ。
おわりに
以上に見たように、今回の統合作戦司令部創設の法案の可決は、あくまで組織運営の効率化の要請や近年の安全保障環境の厳しさの高まりを受けてのものであり、「米軍に強要された」だとか「戦争への準備を進めている」だとかいったモチベーションがあるわけではない。
防衛省・自衛隊はますます組織的な変革を進めている。今後の動きに注目だ。
参考資料
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