イスラエルを取り巻く中東情勢
はじめに
4月13日、イランは、4月1日の在シリアイラン大使館領事部への攻撃に対する報復として、「トゥルー・プロミス作戦」を実行した。24時間以内に、計300以上のドローンとミサイルが、イスラエル本土を目掛け発射された。イスラエル軍の発表によれば、イランからイスラエル目掛けて発射された飛翔体の99%が迎撃され、イスラエル本土への被害はわずかなものにとどまったという。
4月19日、イスラエルによるものと見られる爆発がイランで起こったという報道があったものの、幸いにも、これ以降この応酬が全面的な戦争にまで拡大するような事態には至っていない。
ここで、そもそも「なぜイスラエルとイランなのか」という疑問が生じた人もいるのではないだろうか。確かに、昨年10月7日以降、各種報道において「イスラエル」という名前は、「ハマス」「ガザ地区」といったようなワードとともに登場することが多かった。先月になって「イラン」という名前が複数回登場するようになったことに唐突な印象を受けた人がいるのも無理はない。今回の記事では、イスラエルを取り巻く中東情勢に焦点を当て、イスラエルやイランが置かれている状況についての解像度をあげることを目的とする。
「抵抗の枢軸」とは
実は、今年4月の応酬の以前からイスラエルとイランの間にはすでに確執が存在していた。というのも、イランは、長年「抵抗の枢軸(axis of resistance)」と呼ばれる対イスラエル包囲網を築くことで、イスラエルを牽制してきたからである。
「抵抗の枢軸」とは、中東各地の反イスラエル・反米の武装組織ネットワークを指す。抵抗の枢軸は、米国やイスラエルの”侵略”を防ぐという共通の目的に結束しており、構成グループとしては、レバノンを拠点に活動するイスラム教シーア派の武装組織「ヒズボラ」や、現在イスラエルと紛争状態にある「ハマス」、ハマスとは別にガザ地区で活動する「パレスチナイスラーム聖戦」、イエメンの反政府勢力「フーシ派」、その他イラクやシリアの民兵組織が挙げられる。
こうした各グループの後ろ盾となっているのが、イランである。イランは、上記の武装組織に対して金銭的援助や武器援助、ミサイル・無人機供与を行ってきたとされている。イスラエルもそれに対抗するべく、イラン国内で水面下で作戦を実行したり、イランからレバノンやシリアへの武器移転を阻止すべく軍事介入を行ったりしてきた。
それでも、両者は全面的な紛争を避けるために微妙なバランスを保ってきたのだが、去年10月7日を境にそのバランスは崩壊することとなった。イランの支援を受けた「抵抗の枢軸」のメンバーは、ガザ地区の同胞との連帯を示すために、また紛争を終わらせるために、イスラエル軍や米軍の基地への攻撃を繰り返している。対抗するイスラエルは、レバノンやシリアの武装グループへの攻撃を繰り返し、イラン兵もその対象としてきた。
これらの応酬が結集した結果として起こったのが、今年4月のイスラエル軍による在シリアイラン大使館領事部への空爆なのである。イスラエルにとって、自身が交戦している勢力全ての後ろ盾となっているイランは目の上のたんこぶともいうべき存在なのである。
終わりに
冒頭で、今回のイスラエルとイランの緊張関係はいったんの落ち着きを見せていると述べたが、再発の火種は決して消えていない。特に、イランの政府高官が、イスラエル軍による領事館爆撃を受けて4月14日に「戦略的忍耐(※)の時代は終わった」と発言した事実は見逃せない。また、5月7日付の各種報道では、イスラエル-ハマス間の停戦交渉について、ハマスは停戦案を受け入れると表明した一方で、イスラエルの戦時内閣はこれを拒否したとされる。イスラエル軍は今後もラファでの作戦を継続するとしており、このイスラエル-ハマス間の紛争はまだ続くものと見られる。そして、この紛争が終わらない限り、イスラエルとイランが再度武力衝突に至る可能性は十二分に残されることとなる。
問題は日本に生きる我々が想像している以上に根深いのである。
※戦略的忍耐:従来のイランの対イスラエル・対米アプローチ。即座の挑発的な報復に訴えることなしに、枢軸を形成するグループを長期的に強化していくことを目指すという戦略。