偽・誤情報の脅威〜対策の現在地と未来〜
はじめに
以前の記事では、「偽・誤情報」というテーマがいかにしてナショナルアジェンダと化したのかということについて論じた。では、どのようにしてそのような偽・誤情報の有害性に対抗していくことが求められているのだろうか。
その疑問に答えるため、今回の記事では、「政府はいかにして偽・誤情報への対策を行なっている、ないしは行う予定なのか」ということについて概観し、今後の方向性について検討していく。
憲法第21条の規定
「偽・誤情報が問題となってしまうなら、政府の権力を使って削除ないし事前の審査を行えばいいのではないか」と考える人もいるかもしれないが、現実はそう単純ではない。その理由は憲法21条にある。
憲法21条は「表現の自由」について定めており、その第二項では「検閲」を禁止している。つまり、政府が「この情報は発信・拡散されて良くて、あの情報はダメだ」というような判断を下すことは憲法に違反にすることになる。
もちろん、表現の自由も無制限に認められるものではなく、ある情報が特定の個人の人格権や名誉権を侵害するものであれば削除の対象とはなる。しかしながら、それでも削除といった情報の差し止めについては「表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容される(最大判昭61.6.11判決 北方ジャーナル事件)」べきものであり、慎重な対応が要求される。
政府ができる対策
それでは、政府ができる偽・誤情報対策とは何か。そのアプローチとしては大きく3つのものが考えられる。1つ目は、情報発信の主体へのアプローチ、2つ目は、情報そのものへのアプローチ、3つ目は情報の受け手へのアプローチである。
①情報発信の主体へのアプローチ:プラットフォーム事業者への働きかけ
政府が、情報発信そのものへの関与ができないことは上述のとおりであるが、インスタグラムやX(旧Twitter)などのSNSプラットフォームの事業者(以下、「プラットフォーム事業者」)が独自のポリシーを遂行することはできる。例えば、YouTubeなどで著作権を侵害する動画や不適切な内容を含む動画が公開停止されているのを見たことがある人も多いのではないだろうか。
そこで、政府はプラットフォーム事業者に対して、偽・誤情報に対する何かしらの対策を打つことを「お願い」することは可能である。「お願い」という体を取ることで、「偽・誤情報への対策について、あくまで最終的には各事業者の”自主性”に委ねます」といった形での対策が可能となる。そして、憲法が禁止するところの「検閲」には当たらない方法で対策ができるという論理だ。
具体的な方策としては、プラットフォーム事業者に対して、①どのような情報が有害情報として認定されるかを記載した偽・誤情報の判断基準に係るポリシーの作成、②そうした偽・誤情報への対応方針の作成を義務付けるといったことが考えられる。
実際、偽・誤情報の文脈ではないものの、大規模プラットフォーム事業者を対象とした新たな法規制が今年の通常国会において可決された。「情報流通プラットフォーム対処法」(改正プロバイダ責任法)である。同法制では、大規模なプラットフォーム事業者は、人格権や名誉権を侵害する情報の迅速な削除といった有害情報に対する対応を強化することが義務付けられている。
②情報そのものへのアプローチ:ファクトチェックの推進
「ファクトチェック」という単語をご存知だろうか。直訳すれば「事実確認」であるが、要はとある情報の真偽を検証することを指す。例えばX(旧Twitter上)で「コミュニティノート」というものを見たことがあるだろうか。真偽が不確定な投稿に対して、他のユーザが補足的にその投稿の真偽を検証するものである。
こうしたものを社会全体としても行なっていく必要がある。実際すでに日本には「日本ファクトチェックセンター(JTC)」という社団法人がYahoo! JapanとGoogleの寄付によって設立されており、ファクトチェックの取り組みが推進されている。しかしながら、報道機関がファクトチェックの対象外となっていること、職員が特定の組織の所属の人間に偏っていること、そもそもファクトチェックを行うための資金や人員が足りていないなどの課題が指摘されている。
③3つ目は情報の受け手へのアプローチ:リテラシー教育
最後の対策として挙げられるのはリテラシー教育の推進だ。そもそも偽・誤情報は、受け手が正しい知識と理解を持っていれば拡散されないし、その有害性は発露しない。情報の受け手のリテラシーが最後の砦となるのだ。
実際、総務省は最近、偽・誤情報への対策に関する啓発教材を発表している。しかしながら、その認知度や効果のほどはまだまだ不明瞭であると言わざるを得ない。この教材や知識をどのようにして普及させていくのかが今後の課題となるだろう。
対策の現在地と未来
以上に、偽・誤情報の対策における留意点と現在地を概観してきた。やはり、偽・誤情報の対策において最も重要なのは、「偽・誤情報の有害性の抑制」と「個人の表現の自由の保護」という2つの概念のバランシングだろう。この2つはトレードオフ関係にあり、どちらも完全に両立させるのはほぼ不可能と言っても良い。
となるとやはり政府にできることにも限界が生じてくる。であるとするのであれば、偽・誤情報対策において究極的に重要になってくるのは我々国民のリテラシーということになってくる(より敷衍して言えば、国の安全保障の最後の砦は国民1人1人であるということにもなる)。政府には、この国民1人1人の取り組みを支援していく役割が求められていくのだろう。
参考資料
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