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偽・誤情報の脅威〜その有害性と国家安全保障へのインプリケーション〜


はじめに

 総務省は今月4日、インターネット上の偽情報などの対策について話し合う有識者会議を開催し、偽情報や誤情報、それに有名人になりすました偽広告などへの具体的な対策の提言をとりまとめた。
 近年、偽・誤情報はナショナルアジェンダとなり、政府による対策が急速に進められている。しかし、そもそも偽・誤情報とは何だろうか。また、どういった背景でこの偽・誤情報が問題となっているのか。そして、それらが持つ安全保障上のインプリケーションとはどのようなものなのだろうか。今回の記事では、偽・誤情報という分野に焦点を当てて、以上のような疑問の解消を目指す。

偽・誤情報とは

 偽情報(disinformation)・誤情報(misinformation)は、世間では「デマ」という言葉で一括りに表現されることが多いように思われる。しかしながら、偽情報・誤情報はそれぞれ別の概念を指している。
 英国議会下院デジタル・文化・メディア・スポーツ特別委員会の報告書によると、それぞれは以下のように区別される;

  • 偽情報:意図的に作成・共有される、情報の受け手を欺き誤解させるための誤った・操作された情報

  • 誤情報:意図せず共有された、シンプルに間違った情報

つまり、偽情報と誤情報を区別するのは、意図されたものなのか、そこに悪意があるのかといったことなのである。

偽・誤情報が問題となった背景

 いわゆる「デマ」が”良くないこと”であることは昔から指摘されてきたし、そのような認識を抱いている人が大半だと思われる。それでは、なぜ今これほどまでに問題となっているのか。
 偽・誤情報の有害性が本格的に認識され始めたきっかけは、2019年以降長きにわたって世界を襲った新型コロナウイルス感染症の世界的流行である。特に、感染拡大当初の時期には、当該感染症に関するデマや陰謀論などの偽・誤情報がネット上で氾濫した。例えば「トイレットペーパーは中国産が多いため、新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」といった偽情報が拡散されたことは記憶に新しいのではないだろうか。
 また、2024年の正月に発生した能登半島沖地震では、愉快犯と見られる人々が偽の救助要請をX(旧Twitter)に投稿し、それを見た人々が次々と消防や警察に救助の連絡をしたことによって、対応していた当局が大混乱したという事態も発生した。
 こうした偽・誤情報自体は昔から存在しているのだが、問題の本質は「現在の大SNS時代においてはそれらが拡散されやすい」ことにある。総務省が発表した「令和3年版 情報通信白書」によれば、SNSに固有の以下のような特徴が、偽・誤情報の有害性を顕在化させているという。

  • SNSでは一般の利用者でも容易に情報発信(書込み)や拡散が可能であり偽情報も容易に拡散されやすい

  • 多くの利用者がプラットフォームサービスを通じて情報を収集・閲覧していることから、情報が広範囲に、かつ、迅速に伝播されるなど、影響力が大きい

  • 偽情報は、SNS 上において正しい情報よりもより早く、より広く拡散する特性があることや、SNS 上の「ボットアカウント」が拡散を深刻化させている

  • 自分と似た興味・関心・意見を持つ利用者が集まるコミュニティが自然と形成され、自分と似た意見ばかりに触れてしまうようになる(=「エコーチェンバー」)、パーソナライズされた自分の好み以外の情報が自動的にはじかれてしまう(=「フィルターバブル」)などの技術的な特性がある

  • 各利用者の利用者情報の集約・分析によって、個々の利用者の興味や関心に応じた情報配信(例:ターゲティング広告)が可能であるなど、効果的・効率的な利用者へのアプローチが可能である

偽・誤情報は、もはやSNSを使っていない人の方がマイノリティになりつつある時代に特有の社会問題であるといえよう。

国家安全保障へのインプリケーション

 偽・誤情報がその有害性を発露させるのは、上記のようなパンデミックや災害時だけではない。それらの効果が悪用されることでそれ以外の時にも危害をもたらすのだ。いわゆる「影響工作」である。
 2022年に実際に起こった話として有名なのは、ゼレンスキー大統領がロシアへの降伏についての話をする動画がYouTube上に投稿されたというものである。もちろんこれはフェイクであり、ゼレンスキー大統領はそのような話はしていない。このフェイク動画の出所は不明であるが、一部の見解では、これはウクライナ世論の分断や戦場の兵士の士気低下を狙ったものであるとされている。
 つまり情報を捏造、操作することによって他国の混乱を招く、といった手法が登場しているのである。これは、民主主義や国家主権、国家安全保障に対する新たな形の強烈な挑戦である。極端な話だと、敵対国に兵器を撃たずとも情報を捏造し世論を操作することで内部崩壊を狙う、といった芸当も理論上は可能であることがわかる。
 こうした背景を踏まえると、防衛省が「情報戦」という概念を重要視している理由もわかるのではないだろうか。

おわりに

 今回の記事では、偽・誤情報の概要とその有害性について解説した。では「どうやって偽・誤情報に対応していくのか」についてだが、これもまた非常に厄介な問題である。というのも、政府自らが偽・誤情報を削除するないしは抑制するといった手法をとってしまえば、それは日本国憲法21条2項が禁止するところの「検閲」にあたってしまうからだ。
 政府は、偽・誤情報への対策と表現の自由の確保をどのようにバランシングしている、ないししていくのだろうか。以後の別記事では、それらを踏まえた実際の対策や今後の展望について解説していく。

参考資料:

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