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ランドリー 美来(みく)編

洗濯機が壊れた
それもなんの前触れもなく
困ったなぁ、どうしよう?
「ねぇ。洗濯機、壊れちゃったんだけど
修理、頼もうかな〜それとも新しいの買った方がいいかなぁ〜」
「とりあえず見てもらえば」
携帯電話ごしの雅史が言った。
「そうだよね〜買うよりも安く済むかもしれないし…」
「でもさ〜今、洗濯したいんだよね!
どうしよう〜!」
「だったらコインランドリー行けばいいじゃん。俺、けっこう使って時あったよ!」

そうか!その手があった!
コインランドリーは実家住まいが長かった私は縁が無く行ったことが一度もなかった。

私はワクッとした気持ちが自分の中から
芽生えたのを見つけた。

すっかり忘れていたが私が小さい頃に見た連続ドラマでまだ付き合っていない男女が夜のコインランドリーで偶然に出会い2人のやりとりが愉快だったのとその時は恋なんてまだ知らない子供だったけどコインランドリーは大人の男女が行く特別なものなんだなと…。
私は思い込んでしまって。
幼い私の中でコインランドリーは初恋に似たような記憶として残っていた。

そうだ!
私は「ねぇ〜、一緒にコインランドリー行ってくれませんか?」と雅史にちょっと甘えてお伺いするように言った。
「なんでいきなり敬語なんだよ!」
「ねぇ〜行かな〜い?」
雅史の沈黙が長いよ〜。
行ってくれるの?
机の置き時計の秒針の針より確実に鼓動が早かった。
「いいよ、じゃあ迎えに行くよ」
「うん、わかった。ありがとう、家の外で待ってるね。」
結局、なんだかんだいつも優しいんだよな。
携帯から耳を離しても雅史の声が耳にまだ甘く残っていて
私は胸が携帯のバイブのようにブルブルッと震えていた。

私と雅史は大学時代からの友達だ。
友達なんだと思う。
だけど私にこうやってさ、コインランドリーに付き合ってくれたり雅史のふとした表情にどうしても
期待している自分がいて。
その気持ちはどんどん広がっていって
大空に向かって私の事好き〜!?
って聞きたくて…
でも言ってしまったら
この気持ちが失くなってしまうのかなと思う自分もいてこの気持ちに気づいてしまってからの私の心は雅史の視線の方向やひと言ひと言の言葉、手の置き場所にさえ気になってしまい、振り子の様に心がいったりきたり揺れる日々が続いていた。

それでも雅史とコインランドリーに
一緒に行くというシチュエーションと
忘れていたコインランドリーへの初恋に似た憧れの気持ちと、ともにコインランドリーに行けるなんて〜
まるで夢のようじゃないか。
壊れてくれた、洗濯機のおかげだよう〜と私は洗濯機を撫で撫でした。

あれ?そうだ…。
私は雅史に確認したくて
また電話をかけた。
「ねぇ、ねぇ洗剤って持っていくんだよね?」

雅史は笑いを含んだ声で
「それ、いつの時代?
今のは洗剤が勝手に出てくるから
持ってかなくていいんだよ」

「そっかぁ、そうなんだ」
「わかった、それではよろしくお願いします」
やったー!
コインランドリーデートだよ。
私は弾む胸で持っていく洗濯物を大きめの袋に次々に放り入れていった。
これもついでに洗っちゃおっかな〜
遠目から見たらまるで遅れてきたサンタクロースが来たように袋はパンパンに膨れていた。
コインランドリーは検索して家から近かいコインランドリー行く事にした。


「こんな所にコインランドリーあったんだぁ」
雅史が驚いた声で言った。

あれ?ちょっと待って?
コインランドリー初めて来た私でも
なんとなく勘づいていますよ。
これって今時のコインランドリーかぁ?
かなり古めかしいコインランドリーだけど…。大丈夫なんだろうか?  

私達はなんとな〜く同じ事を考えているようで2人で数秒、目を見合わせてしまった。
入口に何も植えらていない土が乾いたプランターが2つ置いてあった。
「ねぇ、雅史が先入ってよ〜!」
私は雅史を顔でうながした。
雅史は少し苦い顔をしたが仕方ない様子で古びたコインランドリーの手動の扉をきしむ音をたてながらおずおずと開けた。
私は雅史の後について
お店に一歩足を踏み入れた。
入ってすぐに石鹸の香りがふわっと私をすっぽり包みこんだ。
あっ、そうか!
洗濯する所だから
洗剤の香りがするんだ。
店の中は誰も居なく洗濯機は一台も
回っていなかった。 

誰も居ないのは嬉しかった。
だって雅史と2人きりになれるから。
私は思わず顔が緩んでしまい、その顔を雅史に気づかれないように私はキョロキョロと広くはない店内を見回した。
だって初めて入る憧れのコインランドリーだもの、よ〜く見なくては!

窓にかかっているレースのカーテンから西日が差し込んでいた。
そして窓際の下には古びた濃茶色の木の棚があり、その棚の上にはアイボリー色のレース編みがひかれていて緑色のガラスの小瓶と猫の置物がいくつか置いてあり薄っすら埃が被っていて
洗濯機が一台も回っていないコインランドリーの店内は静かで時が止まっているように感じた。
だけど
なんだろ〜なんかここ、ほっとする。
石鹸の匂いと人の手のぬくもりを感じて懐かしい場所に来た様な気がした。

そして店内には
壁側1面に本棚があってそこには沢山の本が小さな図書館並みに雑多に置いてあった。
文芸書、写真集、絵本など色々な種類の本が置いてあった。
私は本は読まないけどいろんな年代の人が手に取って見れるようになっているような気がする。本はどれもかなり年季が入っているように見えた。

それと木のテーブルと椅子が置いて
あってこのテーブルで洗濯物を洗っている間に自販機の飲み物でも飲みながら本を読んで洗濯が終わるのを待ったりするんだ、きっと!
コインランドリーの想像がむくむく膨らみ私は気持ちが上気していた。

おそらく今時のコインランドリーでは無かったが
私は店内を一周してとてもこの店が気に入ってしまった。

それじゃあ、洗濯しますか!
あれ?
これ洗いと乾燥が別タイプだ。
ドラム式っていっぺんにできるんじゃなかったのか?
そうか洗濯機まで旧タイプなんだな…。 

私は雅史に
「ねぇ、これってどうやるの?」
雅史は少し顔を傾けて眺め。
「う〜ん」と言ったまま
沈黙してしまった。

私達は同時に???が頭に浮いていただろう。不思議な場所に迷いこんでしまったかのように雅史と私は洗濯機の前で立ちつくしていた。

ランドリー雅史編に続く

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