ランドリー 雅史(まさし)編
「ニャ〜ん」と鳴き声がして白い動くものが俺たちを横ぎった。
猫?
白い毛と黒い毛と黄土色の毛が混じった猫だった。
「み〜ちゃん、そっちに行ったの?」
店内の奥戸から人の声がした。
「お客様でしたか、いらっしゃいませ」
白髪のおばあさんがにっこりした顔で俺達に言った。
「あら、み〜ちゃんここに居たの?
この子はね。うちの店の看板猫なのよ。」
「そうなんですね!み〜ちゃんか!
私も皆んなにみ〜ちゃん言われてるから
びっくりしました!」
「あら!あなたもみ〜ちゃんなの!」
「そうなんです!
み〜ちゃん、同じだね〜嬉しい。
私、猫大好きなんです。」
と言って美来はかがんで柔らかな髪の毛を左手で耳にかけて押さえながらくったくない笑顔で猫を撫でた。
「三毛猫だからみ〜ちゃんなのよ」
「三毛猫のみ〜ちゃんかぁ」
2人は微笑みあい、初めて出会ったとも思えないぐらい打ち解けて見えた。
美来のこうゆう所、俺には出来なくてすげぇなぁと思う。
「とても、素敵なお店ですね」
美来がそう言った。
「そう言ってもらえて、嬉しいわ。
でも、古いお店でしょう」
「私、コインランドリー初めて来たんですけど、このお店とても落ち着きます」
「あら、初めてなの!この店は40年やっているのよ。昔、出来たばかりの頃は目新しくて繁盛してたんだけど。ほら洗濯機も乾燥機付きがついたり。新しいお店がどんどん出来てお客様がだんだん流れてしまってね…。今は昔からの馴染みのお客様がなんとか来てくれるんだけどね…」
おばあさんからしばらく陽の当たっていない暗い影をなんとなく感じた。
まぁ、古びたコインランドリーじゃ新しい店に流れるのはしょうがないのか。
話題を変えよう。
「この本はお母さんの趣味なんですか?色々な本がありますよね。古本屋並みだなと思いまして。」
おばあさんは何故だか戸惑ったような表情を見せた。
少し間があいてから
おばあさんは遠い所を見ながらゆっくりと口を開いた。
「主人の趣味だったのよ。本が好きな人でね。部屋中、本だらけの人だった。
これでも処分した方なのよ。
ここに、来た方に少しでも読んで貰えれば本も主人も喜ぶかと思って…。」
そうか、ご主人はもう…
美来がやけに静かなので
目線を美来に落とすと
美来は目を伏せていてまつ毛に
影が落ちている
美来も気づいたか
「あの、俺達、洗濯のやり方分からなくて困っていたんです。」
おばあさんの表情がはっ!と変わり今に戻って来たようで
「まぁ、そうだったの⁈
洗剤は持ってきた?」
と俺達に聞いた。
美来がちらっと俺を見て物言いたげな顔をしている。
「洗剤持ってきてないんですよね…」
まさか今時、洗剤がいるなんて昭和のドラマじゃないんだし…。
おばあさんは洗剤を持ってきてない人の扱いには慣れているようで
「大丈夫よ、売ってるから。
1回の洗濯で1袋使ってね。
洗濯はこっちの洗濯機でやって、終わったらこっちの乾燥機に入れてね。」
ささっと洗濯のやり方を
説明してくれた。
「旦那さんと2人で洗濯しにくるなんて本当に仲が良いわね。羨ましいわぁ」
とおばあさんは俺達2人を見ながら微笑んで言った。
旦那⁈結婚してるって間違えてる!
おばあさん、すごく嬉しいです!
「違います!友達ですよ!」
美来が食い気味で言った。
おい。そんなに初めて会った人にキッパリ否定しなくていいだろうが!
「あら、そうなの?ごめんなさいね
でもお似合いよ。あなた達。」
おばあさんはここに居る俺達では無く
何処か遠くを見るように俺達を見ているような目をしていた。
「じゃあ、私は奥にいるから何かあったら呼んでちょうだいね」
とおばあさんが
奥の扉に向かおうとした時、美来が
「私、また来ます。ここのコインランドリーが好きになりましたから」とおばあさんに向かってキッパリと言い放った。
「み〜ちゃんにも会いに来ます」
おばあさんは振り返って
「そう…ありがとうね。み〜ちゃん、嬉しいね。嬉しいね」おばあさんは気持ちを噛み締めるように目を伏せてみ〜ちゃんを撫でながら会釈して奥戸に入っていった。
やっぱり美来のこうゆう真っ直ぐな所、かなわないなぁ。
「じゃあ、さっさと洗濯しゃおうぜ」
「うん」美来はいつもより
低い声で返事をした。
まだ、おばあさんの話を引きずってる顔をしてる。
「初めてのコインランドリーだろ。
やってみなよ」
「うん」
美来がまだ少し、しょんぼりした声で返事をした。
美来はお金をコインラックに入れてスタートボタンを押した。
洗濯物が徐々に回転しだした。
美来は回る洗濯物に自然と目を移し
割とすぐにまん丸の目になって洗濯機の中を凝視している。
そして「回ってる、回ってるよ!」
美来が子供みたいな無邪気な
声をあげた。
「そりゃ、回るだろうが」
よしよし、美来の目にいつもの光が戻って来たな。
美来はしばらくの間じっと洗濯機の前で回る洗濯物を見ていた。
俺はそんな事で単純に喜べる美来が猫みたいに見えて自分の腕の中にすっぽり入れて撫でたかった。
まだ、待ち時間は30分以上かかりそうだな。
誰も来なかったらこれは…
今日、いや…今しかない!
俺は自動販売機の前で美来に話しかけた。
「飲み物でも買うか?何飲む?」
美来がひょっこと立ち上がり洗濯機の前から駆け寄って来た。
「私、ホットのミルクティー。雅史はコーヒーのブラックだよね!」
「あぁ」
「俺が買うから美来は座ってなさい」
と店の椅子を引いて美来を座らせた。
はしゃぐ美来と俺の心を落ちつかせるために。
俺は飲み物を買って美来の向かい側に座り缶コーヒーを開けた。
美来が俺の微糖の缶コーヒーを見て
「あれ、今日はブラックじゃないんだ」
と何気なく言った。
「たまにはね」
さらっと言葉は出てきたが動揺していた。間違えたなんて言えないし。
西日がずいぶん傾いてきて
美来の髪が半分、栗色にキラキラして見える。美来が珍しく無口になって目の前でミルクティーのペットボトルを両手に挟んで手を温めている。飲み口からゆらゆらと湯気が上に上がっていく。そして飲み口にピンク色の唇をゆっくり運んだ。
そして口紅がついた飲み口をさっと指でぬぐった。
そっかぁ。
世界ってこうやって
一瞬、一瞬が繋がっているんだな。
今だ。
人生は逃してはいけない
タイミングがきっとあると思っている。
「あのさ」
声うわずってないか俺?
「まだ、洗濯機直らないなら
うちの使えば」
本当は今日、美来が洗濯機壊れたって言った時すぐに言いたかった。
「え!いいの…?」
美来の眼からは
色んな感情が入り混じって見えたが
俺は今、美来が何を考えているか読みとる余裕がなかった。
「うん、いいよ」
そして
俺は息を吸い込んで言ったんだな。
「だから俺と付き合ってください」
あれから俺達は始まった、ことになる。
俺達は付き合って2年後に結婚して、家にはドラム式の洗濯機を買った。
だが美来は、あのコインランドリーに月に一度は洗濯しに行きたがる。
もちろんおばあさんとみ〜ちゃんにも会いに。
そしてあの頃と変わらないまん丸の目でぐるぐる回る洗濯物を愛おしそうにまた猫のように見つめるんだ。
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