レディ・プレイヤー1-仮想現実のある場所
先週の土曜、レディ・プレイヤーワンを観ました。
ネタバレ気にせずに書くので気にする方は注意。
この映画は予告やポスターでも描かれている通り現実とVRの融合した社会についての映画です。しかし、現実とVRの関係性について、劇中ではあくまで現実が主でVRは従なのです。
あらすじ
富裕層と貧困層がはっきり別れてしまった2045年、主に貧困層の人々は世知辛い現実から目をそらし、「オアシス」と呼ばれるVRの世界で時を過ごすようになります。
「オアシス」とはいわゆるMMOのオンラインゲームのようなサービスで、そこではゲームやダンスなどのコンテンツが楽しめ、VR世界での独自の社会文化や組織が更に存在します。
また、オアシスでの通貨は現実と混ざっており、そこで購入したものは現実に宅配で届けられるし、オアシスでのアバターの死はアカウントのリセットに近いものなので非常に重いものなのです。
ある日、オアシスの創始者のジェームズ・ハリデーがオアシス内に宝物(イースターエッグ)を隠したという遺言を残して亡くなります。そしてハリデーはイースターエッグをすべて見つけたものにはオアシスの運営権と運営会社の経営権を譲渡するといいます。
貧困街に住むオタクの主人公のウェイドはオアシスで見つけた仲間たちと共に敵対者であるIOI社と戦いつつ、その宝物を見つけるという物語です。
"現実"の中にあるVR
この映画ではたびたび現実とVRの融合が描かれています。
主人公が敵対者の致命的な弱点であるアカウントのパスワードを見つけるのは現実の世界においてであるし、(あるあるですが端末の横にパスワードの書いてあるふせんが貼ってある)、そもそもウェイドがIOI社に見つかるのはオアシスにおいて自分の本名を話してしまうからです。
IOI社がマヌケにもアカウントパスワードを見つけられてしまうのはIOI社社長が"現実"で二人きりで話そうと、ウェイド(=パーシヴァル)を社長室に呼ぶからであり、ウェイドがオアシスで本名を話してしまうのはアルテミスに恋して"現実"で会いたいからです。つまり映画で描かれている近未来でさえVRは現実の中にあるのです。
"現実"と"VR"が等価になる瞬間
しかし、真に現実とVRが混ざるシーンもあります。IOI社長に「ヘッドマウントディスプレイを外した」映像を見せることで今いる場所を誤認させるシーンと、ウェイドがたびたび訪れるハリデーの過去、そして鍼デーの部屋です。前者はVRを現実と誤認しているので省きます。後者は現実にハリデーに起こった過去をウェイドが"いま"体験することによって現実になり、ハリデーが生前プログラミングした自分自身と今ウェイドが話すことで現実になっています。
余談ですが、前者は理研で代替現実システムとして実験が行われていたりします。
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でもやっぱり主体は現実
主人公とIOI社の起こす騒動は結局現実の警察権力によって終わります。
オアシスで圧倒的な力で主人公を追い詰めた社長ですが最後にはただの制服警官によって逮捕されてしまいます。
また、ところどころでVRの世界で戦うVRの住民が現実世界で奇妙に映るというシーンが複数回挿入される。カーチェイスシーンなどがありますが主人公と敵対者の戦いはVRを基本世界としてのものである。
極めつけにはウェイドに対してジェームズ・ハリデーが言う言葉は
「現実で食うメシはうまいんだ」なのです。
メディアアートなどでデジタル世界と現実の融合といった作品があったりしますがVR世界でごはんが食べれて排泄ができるまでVRはやはり現実の上にあるのではないしょうか。
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