有害物質は河川・地下水から有明海全域へ
豊かな生態系と海洋資源を有する有明海
有明海は福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県の4県にかこまれた豊かな海域だ。干満の差が日本一大きいため、潮の流れが速く、この速い潮の流れによって湾の隅々まで酸素や栄養分が行き渡り豊かな生態系が作られている。
国内での記録が有明海だけに限られる有明海特産種が23種、有明海以外ではごく限られた海域にしか生息しない有明海準特産種が40種以上も確認されている。ムツゴロウ、エツ、ワラスボ、ハゼグチなどは有名だ。
美味しい海産物も豊富であり、クチゾコ(舌びらめ)や、アサリ、ハマグリ、紋甲イカ、天然うなぎ、クエ、渡り蟹、スズキ、牡蠣などが獲れる豊かな漁場である。
さらに、言わずと知れた日本最大の海苔の養殖場を有し、日本の海苔生産の約4割がこの有明海で生産される。豊かな海で育った海苔は、最高品質を誇る九州の特産品であり、特に佐賀県の最高級「佐賀 海苔® 有明海一番」は、香り・味・口溶け・色ともに文句なしの最高級品として人気が高い。
汚染物質が最終的に行き着く先は海だ。TSMCの工場排水の汚染物質によって、この豊かな海の生態系と漁場は壊滅的な打撃を受けるだろう。
坪井川の河口付近は海苔の養殖場が多く点在する場所であるが、ここに有害な物質が流れ出るのである。また、有明海の潮の流れは反時計回りである。
つまり、有明海の特徴である早い潮の流れに乗って、坪井川から流れ出た有害物質は佐賀県・福岡県・長崎県まで影響を及ぼす可能性があるのだ。
さらに、有明海は湾であり、閉鎖性海域であるため、汚染物質が滞留・蓄積しやすいことが考えられる。そのため、汚染の酷い台湾の西海岸よりも条件が悪く、被害がより深刻化する可能性が高い。
閉鎖性海域に排水を流すなら総量規制を
湖沼・内海・内湾等の閉鎖性水域では、外部との水の交換が行われにくく汚濁物質が蓄積しやすいため水質の改善や維持が難しい。
半導体製造工場は比重が大きく蓄積しやすい重金属や、COD(化学的酸素要求量)が高い物質を大量に排出するので、閉鎖性海域に排水する工場を建設するのであれば重金属やCODの総量規制は必須なのではないだろうか。
CODは海に貧酸素水塊を発生させる。貧酸素水塊は酸素が少ないばかりか、海底から栄養分が溶出したり、硫酸還元菌の働きによって毒性が強い硫化水素が発生することもあり、海底付近の生物のみならず、沿岸の生物の生存を脅かすものである。
また、重金属に関しては、熊本県民にとっては悲しみの記憶として深く刻まれている「水俣病」が思い起こされる。
水俣病は、1950年代頃に発生した中枢神経を中心とする神経系が障がいを受ける中毒性疾患で、工場から排出されたメチル水銀化合物を含む魚介類を摂取することで生じた日本の公害病である。
前述したとおり、半導体工場の排水量は膨大な量になるため、含まれる重金属の総量は莫大な量となる。
2024年に稼働予定の熊本県菊陽町のJASMだけでも、汚染物質の総量は莫大であると見込まれるが、これから九州に第二工場、第三工場・・と、増えていく可能性が高い。
これらの工場の排水の行き着く先が全て有明海になるとすると、有明海の海洋資源はとてつもない被害を受けることになるだろう。その被害の規模を想像するだけで、恐怖に背筋が凍りつく。