調査の現場②グローバルスタディーズ学科
先週に引き続き調査の現場を紹介します。
私は南太平洋島嶼国の伝統住居について調査をしています。この夏休み期間中には、共同研究者とともにフィジー共和国(以下、フィジー)に渡航し、現地調査をおこないました。
フィジーは南太平洋に位置する島嶼国の1つです。フィジー最大のビティレブ島に加え、300以上の島があり、そのうち100近くの島に人が住んでいます。人口は約89万人、メラネシア系の先住フィジー人が57%、インド系フィジー人が38%を占めています。
フィジーには一般的にブレと呼ばれる先住フィジー人の伝統住居があります。ブレは、地域によって建築形式や利用する建築資材は異なりますが、ビティレブ島でみられるブレは一般的に草ぶきの切り妻屋根と壁を有する木造建築です(写真1)。かつては先住フィジー人の村の住居はすべてブレでしたが、近代化や工業製品の流入によって現在では全住居の1%以下まで減少しています。
今回の調査では、ビチレブ島のナバラ村、首都のスバを訪問します(図1)。ナバラ村はビチレブ島西部地方の内陸に位置し、ブレが住居として残る数少ない集落です。ナバラ村ではブレがどのように維持されているのかを調査すること、スバでは教育機関の関係者とブレの建設技術を教えるコースの可能性について意見交換することが目的です。
国際空港のあるナンディからバの町を経由し、車で1時間くらい走った内陸にナバラ村は位置しています(写真2)。現在のナバラ村は、1950年代に旧ナバラ村を含めた3つの村に居住する6のマタンガリ(血縁集団の単位)が合意し、子女が学校に通えるようにとナバラ・カトリック小学校に隣接する土地に新しく形成された村です。現在、約150世帯800〜900人の先住フィジー人が農業を営みながら暮らしています。
現在のナバラ村ができた頃、西洋化・近代化が先住フィジー人の村落にも影響を及ぼしはじめており、当時のチーフが村や住民の尊厳を守り伝統を受け継ぐよう遺言し、ブレが継承されてきたといわれています。2000年に入ってからは、村の人々の要望を受け村の中心をブレを重点保存ゾーンとし、それ以外の場所では工業製品をもちいた住居(新建材住居)を建設できることを取り決めています(写真3)。それ以降徐々に新建材住居が増え、2016年のサイクロン・ウィンストン被災後、政府の住居再建支援プログラムによって新建材住居の建設が急速に進んでいます。
今回の渡航ではナバラ村には7日間滞在し、滞在期間中はブレの1棟に寝泊まりしました。滞在中には、このブレを所有する家族や親戚の女性らが料理を持ち寄り一緒に食事をし、また夜にはカヴァ(コショウ科の根を乾燥させて粉末にし、水で絞り出した伝統的な飲み物)を飲んだりします(写真4、5)。ナバラ村ではほとんどの世帯が新建材住居を母家として使用していますが、このように客人を迎えたり、食事やカヴァを囲んだり、会合や儀礼を執り行ったりする場として伝統建築のブレを使っています(写真6)。
このようなブレの屋根は草を葺いたものであり、数年に1度葺替え作業が必要だといわれています。乾季(5月〜11月頃)に必要に応じてブレの建設や屋根の葺き替え作業をおこなうため、夏休み時期の訪問は実際の作業を見たり、詳細を聞いたりすることのできる可能性のあるタイミングです。渡航前に今年の夏には15棟の屋根の葺替え作業をすることを聞き、滞在中に葺き替え作業を観察し詳細を聞くことにしました(写真7、8)。
1棟の葺替えには、約10人の男性による2ヶ月の材料収集と1ヶ月の葺替え作業を要するそうです。どのブレを葺替えるのか、誰がどのブレを葺替えるのかなどがどのように決まるのか、いつ葺替え作業を行い、労働の対価がどう支払われるのかなどを聞いていくと、ブレが村の暮らしの中で共同労働によって成り立っている状況が具体的にみえてきます。作業には10代後半から70代の男性が参加していました。このような作業が毎年もしくは数年に1度繰り返されることによって、知識や技術が今なお次の世代に受け継がれるといった仕組みが残っていることがわかります。
このほか、村内のどの世帯がブレを所有しており、どのように使用しているのか、いつ建設され建て替えや葺替えを行うのか、観察やインタビューによって情報を収集しました。これらの情報をもとに、総合的にナバラ村のブレが維持されている状況をまとめる予定です。
ナバラ村のようにブレを維持しているのは稀なケースです。フィジーのほとんどの村ではブレを見ることができず、ブレの建設経験のある人々も高齢になっています。これまでも村の年長者や政府関係者から、維持継承への取り組みへの関心があることを聞いてきました。これまでの調査記録などを維持継承への取り組みに役立てたいと考えています。
ナバラ村での調査の後、首都のスバに移動し、フィジー国立大学の建設土木学部の教員、先住民省が管轄する適正技術開発センターを訪問しました(写真9)。いずれも大工の職業技術訓練プログラムを有しており、ブレの建設技術を教えるプログラムの導入可能性についての意見交換を行いました。伝統建築を保存するという観点だけでなく、フィジー国内で調達できる自然材料で建設できるといった持続可能性の観点からも、ブレの建設技術を取り入れたプログラムの開発に関心が高いことを確認し、今後、共にマニュアルやカリキュラムの開発を検討したいと思います。
フィジーの文化や伝統建築については、第4クオータで開講する「太平洋地域研究」や「比較建築文化論」の授業でも紹介していきたいと思います。
藤枝絢子(グローバルスタディーズ学科教員)
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