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『鈴木いづみコレクションⅠ ハートに火をつけて!誰が消す』考③

③ うわさのあの子

友達・悦子の彼氏を寝とったことがバレた主人公・いづみ。けれど、表面上は修羅場や絶交はなかったようで、また往来が再開しているようです。いわく「ついでに友達までうしなうなんて損だわ」。悦子の恋愛感を象徴するセリフです。男とは決して相容れない。自分は常に恋に溺れることはなく、クールでドライ。恋愛より友情。

この章でもダイアローグが続きます。前章はその対象がマンガ家でしたが、今回はゲイのアクセサリー作家でした。サブという名前です。対話の帰結が激昂だった前章とは異なり、本章でのサブとの会話はまるでお互いの価値観を確認しあうような息の合ったものでした。そんな中、紡がれる印象的な文章がありました。

サブみたいな人間にそういわれるということは、わたしの自堕落さも、相当徹底してる、ということなのだろう。「自分じゃ、もうとっくにあきれてるわ」。だって、この世界では、わたしの身の上になにがおこっても、フシギじゃないから。すべてのことが、おこりえるから。悪夢には、法則性がない。はじめて意識をもったとき、自分におしつけられているこの世界のひどさに、はっきりと絶望した。わたし用につくられた世界は、悪夢に似ていた。祈ってもムダなんだ、とわかった。その日からいままで、どうしようもなくつよい諦観はつづいている。そして、いまはこんなにドキドキしている。脈絡のない世界では、とんでもない幸運だって、やってくるんだと思うから。その予感にふるえている。これは、人工的な魔法の世界だ。

このいづみの独白は、そのまま作者・鈴木いづみのそれなのではなかろうか、と思うほど説得的です。自分の思想や振る舞いと決定的にズレているまわりの世界観に絶望し、諦観、そしてそこから開き直り、脈絡のない世界線のスリルを味わう。その考え方の行き着く先は破綻であるとか、破滅であったとしても、彼女は承知の上で生きていたんだ。そんなことを考えさせられます。この小説を書いた3年後、本当に彼女は、自ら命を絶ってしまう。何か、その結末を予感させる文章なのではないかと思うのです。

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