重いと速く滑れる仕組み【物理】
Xで少し話題に上がっていたので。
重いと速く滑れる!ってどういう事?という話ですが、スキーボードも無関係ではありません。
重いとなめらかに滑れるですよ。軽さを重視するスキーボードですが、近年あえて「重さ」を重視して選ぶ方も少なくありません。GRの試乗会でもわざと標準のビンディングと、それより重い同型ビンディングを用意して履き比べて頂いて、様子の良い方を選んで頂いています。
直感的に重い方が速くなるのはみなさん想像するところ。ですが実際は重さって落ちる速さに影響は及ぼさないことは物理の世界では当たり前です。
この仕組みはみなさんご存知のガリレオガリレイとニュートンが発見しました。ピサの斜塔の落下実験やニュートンの万有引力はみなさんも耳にしたことがあるはず。彼らによって、「何も抵抗がない」場合、羽毛と鉄の玉は同じ速度で落ちます。この「何も抵抗がない」というところがポイントで、実際の世界では空気などの影響が働くので、羽毛と鉄の玉で落ちる速度差が生まれます。
ちょっとここでスキーが滑る仕組み。スキーは「落ちる力」を利用して滑るスポーツです。物は高いところから低いところに落ちる性質があります。もし何もせず低いところから高いところに動かせる人がいたら直ぐに特許取りましょう、それは世界を宇宙レベルで根底から覆す大発見ですから。
この「高いところ」から「低いところ」に落ちる力、重力を利用して楽しむのがスキーなのですが、みなさん、ブレーキしたりターンしますよね?この操作は落ちる力を妨げる「抵抗」で、落ちる力よりも強い力で妨げるとスキーは止まるし、その速度も遅くなります。
つまり、速く滑るならばこの「抵抗」を限界まで無くしてしまえば良いのですが、先ほど「重さは落ちる速さに影響を及ぼさない」と言いましたが、ここで「おや?」となるわけです。
重い方が速く滑れるのに、重さは関係ない。矛盾してね?
実際は落ちる力に重さは関与しませんが、滑っているときに発生する「抵抗」には大いに関与します。ここがまずポイント。
「慣性力」という力が存在します。エレベーターに乗ると重力が増したように感じる力が慣性力です。他にも電車で発車するときに進行方向と後ろ向きに感じる力とか、慣性力はどこにでも当たり前に存在します。
慣性力は水の入ったバケツをぐるぐる振り回しても水がこぼれないのも同じ話で、これは慣性力の中の「遠心力」ってやつです。ガンダムのスペースコロニーはこの遠心力で重力を発生させているとされていますね。
で、その慣性力には重さが影響するんですが、ここでまたさらに「エネルギー」も知る必要があります。
エネルギーはどんな物にもある力です。普段リフトで山頂に上がるので意識しないかもですが、ゲレンデをもし自分で登って滑るとしたらすごくエネルギー使って高いところまで行きますよね。厳密にはイコールではないですが、登るのに使ったエネルギーは滑り降りる時のエネルギーになります。
なので超頑張ってハァハァしながら登れば、超頑張った分のエネルギーで滑り降りることができます。えすぺさんって凄いですね。
このエネルギーも重さがとても関与します。
さて、話を戻して重さと速さのお話。山頂でたっぷりとエネルギーを持った私たちは滑り始めます。そのエネルギーを全部使い尽くすと止まって滑れなくなります。そのエネルギーを一番速く消費して降りる方法は落下すること。でも実際は滑って降りるので、抵抗を発生させてブレーキしたりターンしたりして滑ります。そういう操作をしなくても抵抗はあります。それが空気抵抗だったり、摩擦抵抗(雪面抵抗)なのですが、こういった抵抗は一定なのでこれも実は重さが関与しません。
じゃ、どこで速度の差が出るほどの抵抗があるのか?というと、それは横に動く力の方です。
ここまで頑張って文字だけで伝えていましたが、さすがにこれは絵を使わないと専門用語だらけになるので絵で説明します。
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これは滑っている時の絵です。そのときに利用している力を矢印で示しています。
黒い矢印は何も抵抗がない状態の時の運動で、これ以上は速く動けません。実際はオレンジの矢印の抵抗を受けるので、滑っている時の運動は赤い矢印の長さに減ります。
速く滑るということは、水平方向にどれだけ速く動けるか?という話になるのはこの絵から想像できると思います。つまり、このオレンジの矢印をいかにして小さくできるか?が速さの鍵です。
こうしてようやく慣性力の話につながります。
慣性力はオレンジの矢印の長さを小さくする影響があります。オレンジの長さが小さくなるということは、速く滑れます。
その慣性力は重さがとても大事で、軽い物は慣性力が小さく、重いものほど慣性力が大きくなります。そして重いものほどその場所に留まろうとする力も大きくなります。物体は動いている(滑っている)と、その速度でずっと動こうとします。その速度も重いものほどその速度を保とうとします。
お相撲さんが立ち合いで、軽い相手を重い相手が吹き飛ばすのは慣性力があるからです。この慣性力に戦うには相手の慣性力よりも早い力でぶつかるしかありません。
また、先ほど空気抵抗は一定と言いましたが、その抵抗によって遅くなる力は重さによって変化します。重いものほど空気抵抗を受けても速さが失われず、軽い物ほど一定以上空気抵抗を受けるとそれ以上スピードが上がらなくなります。これが実際に羽毛と鉄の玉が落としたときに速度に変化を生み出す原因なのですが、つまり重い方が最終的に到達する速度が高くなるのです。
雪面抵抗も似たような話があり、雪面は滑りますが凸凹です。オープン直後の綺麗なゲレンデでスピードが出るのは凸凹が小さい=雪面抵抗が小さいからで、凸凹してくるとその凸凹を乗り越える度に抵抗が生まれます。が、慣性力が保ちやすいとその凸凹があってもそのまま進もうとするので細かな振動やブレが小さくなります。板が重い方がなめらかに滑れるのはこの仕組みによるもので、細かな凹凸があっても板が重い=慣性力が働きやすいので、板が跳ね飛ばされないのでなめらかに感じるのです。軽い板は慣性力を保ちにくいので、小さな凹凸でも跳ね飛ばされちゃうんですね。
ただしこれも雪だから成立する話で、雪は力を受けると凸凹が壊れます。シュプールという滑った後のラインはこれによるものですが、凹凸が壊れにくい雪はモロに抵抗、衝撃を受けるので吹っ飛ばされます。軽いパウダーだと思って「浮力〜」と楽しむつもりが雪が重くて超大変!というのは、さっきのお相撲さんの話のごとく板で雪を壊す力が負けているからですね。
さて、長い話になりましたがようやく結論に入ります。ついてこれましたか?
まとめとして、重いほど速いのは慣性力を保ちやすいので抵抗が小さくできて、空気抵抗の観点でも滑れる速度の上限が上げられるから。板が重ければそれらに加えて雪面抵抗を無視できるようになるので、より一層スピードを保ちやすくなるから。
だから軽くてもトップスピードは工夫すれば出せますが、重ければそもそも生み出したスピードを維持しやすい。ということです。スキーのような競技は平均速度が一番高い人が一番速いのですから、重さは武器です。
ただし最後に重さのデメリットをお伝えします。
重いとまずそもそも動きにくくなります。慣性力のせいですね。そして遠心力も高くなるので、曲がるのがとても大変になります。曲がる体を支えるのにパワーが必要になりますし、体の負荷も相当なものになります。
さらにそれを支える板も十分支えられる性能の板が必要です。生半可なよわよわ板だと曲がるたびに遠心力に板が耐えられず、高い速度で滑ることは困難になります。すると繋げるビンディングも十分強いものが必要ですし、ブーツも支えるために強いものが必要になります。
ゲレンデもそうで、雪が弱いと重さによる遠心力を支えきれずズレたり吹っ飛んだりします。単純にブレーキだけでもただでさえ止まりにくいのに、ゲレンデが弱いと止まるのも一苦労になります。
そして道具が重い場合、つまり板が重いと速度や滑りの滑らかさには有用ですが、板を動かす操作にパワーや技術が必要になります。そういう板は扱いにくく、身軽さ、手軽さを感じられません。パウダー用の板などで軽さを追求されたのは、その長さゆえに重いと振り回しにくく、自分の力で板を動かすことを求められるシチュエーションで動かせない=暴走、コントロールオーバーになりかねないから、という面もあります。ま、単純にBCなどで登るのに軽い板の方が圧倒的に楽ですしね。
ただスキーボードもそうですが、パウダー板などでも滑走技術が向上してマテリアルが進化した扱いが楽になり、結果速く滑ることを求められたり、安定性を確保するためにわざと重くする発想が生まれています。
さて、長々と説明しましたが理解はできましたでしょうか?私は競技をやっているとき、当時の私は学年でも1,2位を争うほど小さく体が軽かったので、空気抵抗などの抵抗に勝てずタイムが頭打ちのようになり苦しみました。その頃は小学生なのでこうした理合いを知らず、自分の努力が足りないせいと体の大きな相手に対してなんで・・・と苦しんだのも覚えています。
こういうスポーツでは重さは才能なんですよね。ただ逆に重さが枷となるモータースポーツやフィギュアスケートのような競技もあるので、スポーツって面白いですよね
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