初めてのバイト
バンドを続けるには、お金がかかる。
スタジオ代、機材代、消耗品代、ライブのノルマ代など。だから、バンドのメンバーは全員バイトをしていた。
私はマクドナルド、ベースはファミレス、ギターはガソリンスタンド、ボーカルは忘れたが全員バイトをして、バンド経費を稼いでいた。
当時のマクドナルドの時給は、550円だ。
令和の時給が低くても900円台であることを考えると、昭和の時給の安さが分かるだろう。
マクドナルドは、店を開ける準備から昼のピークまでを担当する、オープンのシフトと、閉店の後片付けまでを担当するクローズと呼ぶ。
マクドナルドで働き始めてから聞いたことは、週は六日までしか働けず、1日は8時間までしか働けないと聞いた。
その時間を超えれば残業代が貰えるが、週7日、連続で働くことは法律で禁止されていると知った。
お金が必要だった私は、夏休みになると週6日、8時間労働を続けた。
しかし、550円の時給で可能な限りのシフトを入れても、月10万円の稼ぎにもならないのだ。
ドラムのペダルが欲しかったり、ペダルケースが欲しかったり、ドラムに関する様々なもの、また常に新しい楽曲を探していたためCDも良く買っていた。
「Burrn」という音楽雑誌も毎月購入して読んでいた。
忘れてはならないのが、コンサートに行くことだった。最初は、一人でコンサートに行くのが恥ずかしかったが、自分の見たいバンドは友達が好きじゃないから見に行くのを断念するくらいなら、一人で行く恥ずかしさ(友達がいないのかと思われる恥ずかしさ)を感じた方がいいと思うようになった。
特に、今では普通になったオールスタンディングの会場に来るようなマイナーなバンドは、次いつライブを見られる機会が来るか分からないので、隈なく行った。
そんなにファンじゃなくても、名前だけでも知っていたら直ぐにチケットを購入した。
最早、もう誰も誘わなくなり、自分一人で見に行くことの快適さを知り、知り合いと行くようなイベントから遠ざかろうとし始めていたのかもしれない。