
ターザンと蜂の巣
名古屋に住んでいる小学校低学年の頃から、毎年夏休みや冬休みになりますと、父の実家のあるこの中津川へ帰省で訪れておりました。特に実家は南小学校の前にありまして、この学校には昔から慣れ親しんでおりました。土地感のない小学生ではあまり遠くまで遊びに行くこともできず、実家の目の前にあるこの学校の校庭で遊ぶことが比較的多かったわけでございます。
ここの校庭の隅には、名古屋ではちょっと見かけない遊具がございました。斜めに張られた30メートルくらいのワイヤーを、高い方から低い方へと滑車にぶら下がって滑り降りていく遊具です。出発地点は階段と足場があって少し高くなっております。到着地点には大きなタイヤが埋め込まれてクッションがわりとなっておりまして、勢いよく滑り降りて来ても怪我をすることなく遊ぶことができるのでした。
私は昔からこの遊具が大好きでした。夏休みだろうと冬休みだろうと父の実家に帰省しますと、挨拶もそこそこにこの遊具のところへ飛んで行ったものです。シンプルな遊具ではありますが、滑車にぶら下がりワイヤーを滑り降りるスリルとスピード感と爽快さは、都会の遊具にはないワイルドな魅力がありました。今に比べれば昭和の頃の名古屋もずいぶんワイルドでしたが、中津川はそれに輪をかけてワイルドだったのでございます。
小学5年生の時に中津川に転校して来たのですが、そんなふうに昔からこの学校で遊んでいたこともありまして、転校して来たというのに何だか転校して来た気がしないと申しますか、馴染みの場所に腰を落ち着けたといった気持ちがありました。ところが転校初日、校舎の中に入ると驚きの光景を目にしました。
昔から校舎の形がちょっと変わっているなとは思っていたのですが、何と教室が六角形だったのです。六角形の教室が円形に並んでおりまして、真ん中にホールと階段がありました。こういった校舎は俗に蜂の巣校舎と呼ばれ、昔はあちこちにあったそうです。
六角形の教室ですので、机も六角形に並べてあるかと思いきや、普通に四角く並べてありました。何となく六角形に並べて欲しいと思ったものです。できれば机も椅子も黒板も六角形にして欲しかったところです。
高校を卒業して中津川を離れた後、南小学校は全面的に建て替えられました。蜂の巣校舎は現代的な普通の校舎に姿を変え、私が好きだったあの遊具は跡形もなく消えてなくなりました。今でも帰省することはありますが、学校が新しくなってからは校庭へ行くことも滅多になくなりました。やはり郷愁を感じなくなったからでしょうか。
ところで、思い返してみますと昔からあの遊具の名前を知りませんでした。ネットで調べてみますと、ターザンロープという遊具であるらしいことがわかりました。というわけで、このお話のタイトルを「プーさんとはちみつ」ならぬ「ターザンと蜂の巣」としたのでございます。