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木曽川で泳ぐ

〽︎夏が来れば思い出す

 中学生の頃、うちの横の坂を下ってすぐのところに同級生が住んでいて、よく遊びに行ったものです。同級生のお父さんは洋服に小さな文字を刺繍するネーム屋さんを営まれておりました。

 夏の暑い日などに同級生の部屋で遊んでおりますと、たまにお父さんが川遊びに誘ってくださいました。家が近い私はすぐに水着を取ってきまして、車に乗せていただいて出かけたものです。

 川遊びの場所はいつも決まっておりました。中津川市から国道19号を長野方面へ30分ほど走った木曽川の河原で、はっきり覚えてはおりませんがおそらく田立か南木曽のあたりだったんじゃないでしょうか。

 山あいの、まわりに何もないような国道沿いのちょっとしたスペースに車を停めて、獣道のようなところを降りていきますと木曽川の小さな河原に出ます。その辺りの木曽川は下流にダムでもあるのでしょうか、水の流れは穏やかで、いい感じに水が溜まっていて天然のプールとなっており、泳ぐには絶好の場所でありました。まわりは緑に囲まれており、いつも人っこ一人見あたりませんでした。

 私と同級生はさっそく水着に着替え泳ぎ始めます。お父さんはというと我々から見えるか見えないかぐらいの少し離れたところで釣りを始められるのです。小さな河原以外は対岸にもこちら側にも木々が鬱蒼と生い茂り、川の色は濃い緑色で川底は見えません。かなり深かったのではないでしょうか。対岸に河原はありませんが大きな岩が一つ突き出ており、泳いで行ってよじ登っては飛び込んだものです。飛び込んだ際、相当深く潜っても足が川底に触れることはありませんでした。

 泳ぎに飽きたら浮き輪を膨らませ、お尻を入れて川面をゆらゆら漂います。川の水は冷たすぎるほどではないのですが、時折流れの中に冷たい水の塊があってヒヤッとしたりします。常にお互いの唇の色をチェックし、紫色に近くなると河原の大きな石の上にあがって休憩がてら甲羅干しをしました。お父さんは静かに釣りに興じておられ、小さな峡谷には鳥の声と蝉の音、時折り国道から届く車のエンジン音、そして私と同級生の騒ぐ声が響いておりました。

 ある日私はビートルズにハマったついでにジョンレノンのイマジンのシングルレコードを購入し、同級生の家に持って行って聴かせましたところとても気に入り、特に歌詞の和訳を読んでいたく感動しておりました。興奮冷めやらぬ同級生はすぐにお仕事中のお父さんにも聴かせ、歌詞の意味を滔々と説明したのですが、洋楽にご興味がないお父さんには英語の歌はほとんどお経にしか聞こえておられないようでした。お父さんの淡白な反応に同級生は怒り狂い、これでもかとありとあらゆる罵詈雑言をお父さんに浴びせました。私はハラハラして成り行きを見守っておりましたが、お父さんは平気な顔をされてニコニコと私たちを眺めておられたのでございます。

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