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坂下
高校生になって、友人のイナとは別々のクラスになりましたが、同じクラスに新しい友達ができました。穏やかでおとなしく、絵が抜群に上手で品がよく独特な雰囲気を持った生徒です。イナにも紹介したところ、マニアックな部分で話が合った様子で、すぐに打ち解けたようでした。彼にはサービス精神旺盛なところがありまして、私が筒井康隆に興味があると知るや否や、文庫本をたくさん持ってると言って、毎日2冊づつ次から次へと貸してくれました。本を読むのはあまり速くはありませんが、せっかく貸してくれたのが嬉しくて、寝る間を惜しんでは毎日2冊せっせと読んだものです。
彼は我々の間で唯一ビデオデッキとビデオカメラを所持しておりました。私とイナは彼が気のいいことにつけ込んで、テレビで放映される自分達の好きな映画やトムとジェリーなどといった様々な番組を録画してもらい、休日になると彼の家へお邪魔しては観せてもらっておったのでございます。彼の家で遊んでおりますと必ず、ラーメンやかき氷など何かしらご馳走していただいたものでした。
彼のお家は中央線で中津川から長野方面に3駅の、坂下という山合いの町にありました。高校当時は気付きませんでしたが、大人になってから伺った際、窓から見える山々の景色の良さに改めて驚かされたものです。
坂下には中央線の古いトンネル跡がありまして、彼に連れられイナと3人で入ってみたことがございます。暗いトンネルをかなり進んで行きますとトンネルを塞ぐ壁とドアに行き当たりました。ドアの横にはどこどこ大学の宇宙線研究所といったような内容の表示板がありまして、ドアの内部には灯りがついているようでした。なんとなく怖くなって引き返したのでございますが、トンネルの途中でイナが興奮して奇声を発しながら我々二人を追いかけ始めたため、そこからは更なる恐怖が加わりまったく生きた心地がしなかった覚えがあります。
中央線での坂下への行き帰りには、電車ではなく電気機関車が牽引する古い客車に乗った覚えがございます。しかもすごく昔の黒光りするような木製の客車でして、特に陽が沈んでからの帰りともなりますと、中津川方面への客がほとんどいないのをいいことに、イナと二人で客車の荷台などによじ登って寝転んだりした覚えがあるのでございます。今から考えると何が楽しかったのか全くわからないといいますか、高校生にしてはやることが幼稚すぎますね。
また、客車の連結部付近には小さな車掌室がございまして、鍵は開いており入ることができました。車掌室の外への扉は走行中でも手動で開閉できまして、たまに入って走行中に扉を開けて外に身を乗り出しましては、スリルと開放感を味わったものでございます。全く危険極まりないにも程がありまして、あの当時の私どもというのは一体何を考えていたのでございましょうか。
そういえば彼の家の近くには、昔中津川フォークジャンボリーが開催された椛の湖というところがあり、男子ばかり3、4人でボート遊びをしながらビデオカメラで撮影したことがございました。あの時のビデオテープを、彼はまだ残しておりますでしょうか。あのビデオに映っている友達みんなで酒でも呑みながらもう一度あのビデオが観られたらなぁと、夢のようなことを考えている私なのでございます。