
選択肢
目が覚めると見知らぬ部屋にいた。
辺りを見回す。
自分の手元には、ボタンのついた台がある。
そして、自分の正面、少し離れたところに牢屋のような箱が見える。
その中には二人の人間がいた。
妻と子供である。
部屋に不自然な音声が響く。機械で加工されたような男の声だ。
「そこには2つのボタンがある。
「一つは、死のボタン。それを押した場合、君たちは死ぬ。どのように死ぬかは押してからのお楽しみだが、間違いなく残虐な死を迎えることは保障しよう。
「そしてもう一つは、救済のボタンだ。そのボタンを押せた場合、君たちがここから無事に出られることをお約束しよう。ここから出た後、君たちにはどのようにふるまってもらっても構わない。ここのことを警察に通報するもよし、ネットに書き込むのもよし、どのようにしても我々は一切関知しない。
「もちろん、どちらが死のボタンで、どちらが救済のボタンなのかは君たちには教えない。君たち自身に考え、選択し、どちらかを押してもらう。制限時間は5分だ。
「では、幸運を祈る。」
声が止んだ。
僕は目の前にある2つのボタンを見つめる。
赤いボタン、そして緑のボタンだ。
顔をあげ、奥にいる妻と娘の方を見る。
二人は鉄格子の向こうに捕えられ、すがるような目でこちらを見ていた。
娘は泣き、妻は娘をかばうように抱き寄せている。
どのボタンを押すか、それは全く僕にゆだねられていた。
一体どうしてこうなったのか、記憶が曖昧だ。何も思い出せない。
なぜ自分はここにいるのだろうか?
しかし、とにかく今分かっていることがある。
自分の大事な人が捕えられており、正しいボタンを押すことでしか助けられないということだ。
赤いボタンと緑のボタン。一体どちらが安全だろうか。
色だけなら、押すのは緑のボタンか。
でも、もしそれを逆手に取られていたら?
遠くで娘が助けを呼ぶ声が聞こえる。
娘をなだめるように大丈夫、大丈夫よ、と言う妻の声が聞こえる。
どちらかを押さなければならない。どちらを選べばいいのだろうか。
僕は頭を抱える。
なにか、何か他に情報はないだろうか。
僕はもう一度部屋を見渡す。
すると、台の裏側、ちょうど最初の目線から死角となっている位置にそれはあった。
3つ目のボタンである。
それは黄色のボタンだった。
ボタンがもう一つある、とはあの声は言っていなかった。
おい、と私は声を荒げる。
「3つ目のボタンがあるぞ!これはなんだ?」
しかし、声は何も答えない。
もし、これを押したらどうなるのだろうか?
1つは救済のボタン、もう一つは死のボタン。
では、もう一つは?
ダメだ、考えがまとまらない。
そもそも。
そもそも、ボタンを押さなかった場合はどうなるのだろうか?
このまま、何もせず立ち止まっていたら。
助かる、だろうか...?
いや、あの声はボタンを押せと言っていた。やはり選ぶべきだろう。
しかし、3つ目のボタンのことは何も言っていなかった。
そこから何を考えるべきだろうか。
赤、緑、黄。赤、緑、黄。
3つのボタンが頭の中で駆け回る。
選ばなければ、選ばなければ。
制限時間まであと
3,2,1...。
僕はボタンを押した。
「おもしろかったねーー!」
娘がそういった。
「いやー、最近のテーマパークは凝ってるんだなー。まさかここに来た記憶まで無くなっているなんて。」
僕は言った。
「ね!あれは私もびっくりしたわ。本当にどういうことなのか分からなかったもの。すっかりパニックになっちゃった。」
妻は涙を拭きながら答えた。
「お前も泣いてたもんな。」
僕は娘に言う。
「泣いてないもん。」
娘は強がった。
妻と僕は目を合わせ、笑顔になった。
今日は来て正解だった。
また次の休みも、ここにしてもいいかもしれない。
「ふむ、また黄色か。」
「そのようですね。」
「やはり人間は自分で見つけたと思える選択肢を選ぶ傾向にあるようだな。」
「そのようです。」
「全く愚かな事だ。初めから答えは決まっているというのに。」
「仰る通りです。」
機械的な笑い声が、部屋に響いた。