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あいのかたち

 女は幸せになりたかった。
 
 だから、できるだけ周りの人に尽くしてきたし、求められれば断ることはしなかった。
 そうしていれば、きっと世界は答えてくれるはずだ。
 だって、愛は、優しさは、報われるものだから。
 女はそう信じていた。
 
 時折、心の中に穴が開いたように虚しくなるときがあった。
 いくらを尽くしたところで報われない。自分のことが幸せだと感じられない。
 
 でもそれは、自分の心が未熟なせいなだと言い聞かせた。
 自分の心がまだ弱いから、誰かに愛を与えたときすぐに返ってこないことを不満に感じるのだと。
 もっと愛があれば。自分がもっと愛を与えれば、きっと世界は答えてくれる。
 そう信じていた。
 女はただ夢を追い求めた。そこに理想の世界があるのだと信じて。
 
 女はあるとき一人の男に出会った。
 男は浪費家だった。と同時に、自分で働こうとしない怠け者でもあった。
 男は一度女に金を無心した。女はこれも愛だと思って男に金を渡した。
 男は女をいい金づるだと思った。

 男は頻繁に女に無心するようになった。そして一度の例外もなく浪費した。そしてなんの悪びれもなくまた無心した。そのたびに「必ず返す」と付け加えて。
 女はそれが果たされることのない言葉だと思いながらも、きっと自分の行いには愛があるのだと信じ、男に金を渡し続けた。
 そんな日々が続き、とうとう彼女は無一文になった。
 男がまた金を無心しにきた。
 彼女は「次会う時には必ず用意するから」といった。
 男は女を殴った。

 なぜ自分は殴られたのだろうか。それが女には分からなかった。男は女に言った。
「金のない奴にもう用はない」
 それっきり男は女の前に姿を現さなくなった。
 
 愛はどこにあるのだろうか。
 愛は、私から去ってしまったのだろうか。
 いや、そんなはずはない。愛はどこにでもあるはずだ。
 私の心にも、彼の心の中にも。
 愛は無限だ。人は尽きることのない愛を持って生まれてくるのだ。
 
 女は考えた。
 人は愛を持って生まれてくる。しかし、その愛がどのような形で現れるか、それは分からない。愛の形は人それぞれだ。だから、もしかしたら、あの男の行動も愛の表れなのかもしれない。あれも、一つの愛の形なのかもしれない。
 
 なら自分は?自分の愛の形は、どうなっているのだろうか?

 そして女は悟った。
 今までの自分の行動が、愛という名の仮面を被った偽物であることに。
 優しさ?そんなものが愛情であるはずがなかったのだ。それは借り物でありまがい物だ。
 私の愛はそんな形はしていなかった。
 私は、愛を与えていたと思っていたが、その実、それらしいものをふりまいて得意になっていただけだった。
 彼女は自らの行いを恥じた。心の底から恥じた。
 これからは、自分の愛を、自分自身の愛を与えなくては。
 彼女は立ち上がり歩き始めた。
 
「東京都--市で殺人事件が発生。遺体が切断されており、遺体の頭部が見つからず身元は不明。警察は現在行方不明になっている同市の男性が被害者とみて怨恨の線で捜査を開始すると-。」
 
 女は端末の画面を消した。
 ニュースも案外でたらめをいうものだ。これが怨恨だなんて。そんなはずはないのに。
「でも、人の愛の受け取り方もそれぞれだものね。」と、女は優しい声で振り向いた。
 その先にいる男は何も言わずに黙っている。
 女は男に近づく。そしてじっと、男の顔を見つめた。
「こうしていると、出会った頃を思い出すわね。
「あの頃の私はきっとつまらない女だったでしょう。言うことを聞くだけで、あなたからもらった愛を返そうともしなかった。あなたはたくさんの愛をくれていたのに。
「でも安心して。これからゆっくりと、あなたにもらった愛を返していくから。」
 女は男にキスをした。
 男は目を閉じて黙っている。
 女の口は真っ赤に染まった。どんな口紅よりも赤い色で。
「愛しているわ。」

 男は、何も言わずただ黙っている。

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