剣士二人

 対峙する二人の間に、憎悪は無かった。
 いや、敵意すらなかった。
 あるのは、旅の最中で培った友情があるばかりだった。

 それでも、戦わねばならない。
 誰の所為でもない、自身の性《さが》の為に。
 この地ジーカまで共に旅をしてきた仲間達も、それを知るがゆえに固唾を飲んで見守っている。

 共に死線を潜り抜けた剣士と斬り合わねばならない。
 何とも因果な事だと剣士の片割れである征四郎《せいしろう》は自身の性《さが》を嘲笑った。
 だが、それが愚かだと言って止める気もない。

 これは死合いなのだ。死なぬ騎士と異郷の剣士の殺し合い。
 今一人の剣士グラルグスは、死なぬ苦しみからの解放と犯した罪の罰を願い、征四郎はそれに応えた。
 それだけの話だ。

 征四郎は、一瞬だけグラルグスの姉を見やり、グラルグス自身に赤土色の双眸を向けた。
 姉と同様に金色の髪と同色の柔毛に覆われた耳が頭部にある。
 狐に似た耳を持つ彼等姉弟に、征四郎は好意を抱いていた。
 だからこそ、その顔は少しばかり悲しげであったのだが、その色もすぐに消える。
 戦いとなれば、自ずと切り替わる物だ。

 腰の剣を抜き放てば、征四郎は剣を上段に構えた。
 異様な構えだ。
 右手で柄握る剣を持ち上げ、左手はそっと宛がうのみ。
 だが、その打ち込みの速さが聖騎士であるグラルグスを超える物である事を、この場にいる皆が知っている。
 征四郎が日々どれ程あの構えで修練してきたかも。
 誰かが唾をのむ音が響く。
 グラルグスは征四郎に応える様に、手に持っていた刃を中段に構える。
 死ねる時が来たのか、それとも友を殺してしまうだけなのか、その結末はグラルグスには分からない。
 それでも、戦わねばならなかった。
 互いの剣士としての性《さが》が、戦いを欲したのだから。

 途端、互いの気が迸り潮流の様に空気が蠢き彼らの周囲に渦巻いた。

 グラルグスは、征四郎の剣を間近に見てきた。
 恐るべき打ち込み速度を、それが引き起こす凄惨な結果を。
 仲間として、これ以上に頼もしい存在も無い。
 だが、何処かで考え続けていた。
 自分ならば、あの打ち込みをどう対処するだろうかと。

 その成果を示す時だ。
 グラルグスは征四郎の胴を狙い、一歩踏み込み水平に片刃の剣を振るう。
 尋常では無い速度で振るわれた刃は、風を断ちグラルグスの気が紫電となり纏わりつく
 雷の尾を引く剣閃は正に流れ星の如く。
 その流れ星を迎え撃つべく、征四郎は剣を振り下ろす。
 グラルグスの一撃が雷光であるならば、征四郎の一撃は閃光の如き速さ。
 水平に振るわれた剣の腹に振り下ろされれば、如何に業物とは言え剣は真っ二つになる。

(これが機だ! この一瞬が全てを分かつ!)

 背筋が粟立つ恐怖を覚えながら、グラルグスは征四郎が剣を振り下ろす直前に自身の剣を無理やり引き寄せた。
 弧を描く征四郎の剣は軌道が逸れたグラルグスの剣を狙い通りには断ち切れず、その切っ先を切り落としたに過ぎない。

 舌打ち一つする間もなく、征四郎は振り下ろした剣を跳ね上げようとしたが、先を制したのはグラルグスだった。
 凄まじい一撃を受けて指先に衝撃を感じるも、グラルグスは肺の中の空気を一気に吐き出し、大きく一歩踏み出して引き寄せた剣を真っ直ぐに征四郎の腹へと突きだしていた。
 あまりの剣速に急所を狙う余裕はなく、狙えたとしても切られた切っ先が短い分、防がれる。
 ならば、最短距離で攻撃を行うのみ。

 見事に征四郎の一撃を掻い潜り懐に飛び込んだかに見えたグラルグス。
 勝負ありか? 誰もが征四郎の敗北の予感を脳裏に過らせた。
 征四郎の名を呼ばわる姉の悲痛な声に、グラルグスは胸の痛みを覚えたが、そんな感傷はすぐに消える。
 剣より伝わる感触が異常だ。
 少なくとも腹を突けてはいない。
 切っ先を確認して、グラルグスは目を瞠《みは》った。

 征四郎の左肘と左膝が腹を破らんとした剣を挟み込んで抑えているのだ。
 グラルグスの剣に纏わり付いている紫電すらも、赤光を放つ征四郎の左肘と左膝が封じ込めていた。

「おお……」

 感嘆の声を思わずあげたグラルグス。
 征四郎は、素早く身を翻して距離を空ければ、再び剣を構えて言い放った。

「抑えるなよ、全力で参れ!」

「応よ!」

 グラルグスは歓喜に震えた声で返答する。
 己に奥の手があるように征四郎にも奥の手があると察せられたからだ。
 久しく感じなかった全力で戦う喜びをグラルグスは感じていた。
 周囲で見守る者達の気持ちなど考える事無く。

 何処か無邪気に剣を振るう弟を見つめながら、そして、それを真っ向から迎える征四郎を見据えながら、彼女は思う。
 弟にとっての終着点がここだとするならば、征四郎にとってはここが始まりなのだと。
 二人の動きを目に焼き付けながら、グラルグスの姉ロズワグンはここに至るまでの日々を刹那に思い返していた。

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