第三話 襲撃

 使命帯びた死霊術師のロズワグンは、謎の男に命を助けられ、騎馬民族《ホースニアン》と呼ばれる種族の、棄てられた集落に連れてこられた。
 そこで傷の手当てを受けていたロズワグンだが、その地で男が並々ならぬ剣の使い手である事を知る。

 その日の夜は、嫌に冷え込んだ。
 吹き抜ける風は冷たく、暖が取れねば凍えている所だったとロズワグンは思った。
 干し肉を炙ったものと薬草類のスープのみと言う簡素な食事を終えて、片付けをしている男を見ながら、この奇妙な男が何と言う名前なのかも知らない事に漸く思い至る。

「なぁ。貴公の名を教えてくれんか? 礼をする相手の名前も知らんのはちと気が引ける」

「名を訪ねるならば、自身から名乗るが良かろう?」

「ぐっ……」

 何とも癪に障る回答を寄越す男だ。
 思わず言葉を詰まらせたロズワグンだが、その指摘も最もであると頷き、彼女は名を告げた。

「余はロズワグン……だ。姓は訳在って言えぬ」

「征四郎《セイシロウ》だ。……しかし、何とも発音しにくいな。まあ、こちらの言葉は軒並み発音しにくいが」

 じろりと赤土色の瞳を向けながら、征四郎は口角を歪めた。
 名前の通り、如何にも癖の強い男の様だ。
 ロズワグンの周りには、まず居ない類《たぐい》の男だが、助けて貰った恩がある。

「窮地を救っていただき感謝する、セイシロウ殿。……貴公の名前も発音し辛い」

「余計な事を言う。しかし、互いがそう思っていると言う事は、そう言う事だろう」

 一言多く付け加えたロズワグンを呆れたように征四郎は見やってから、からからと笑って見せた。
 思いの外、気性はさっぱりしているのだろうか?

「――それで、何で聖騎士と戦っていた? あいつを最初に砕いたのはお前さんだろう?」

 興味もないのかと思っていたが、不意の問いかけにロズワグンは視線を彷徨わせて。

「話せば長くなるが……」

 そう前置きして、自身の使命を説明した。


 多くはぼかしておいたが、聖騎士となった弟を殺さねばならない事は伝えた。
 聞かされた征四郎は何やら難しい顔をしている。
 そして、彼はぽつぽつと自分の意見語りだした。

「弟殿は進んで国を裏切ったのだろうか? 聖騎士は私の敵、故に情報を集めているのだが、如何にもな……。敵対国の勇士が多く所属しているらしい」

「そう、なのか? 勇士と言うからには力を欲した結果裏切ったのでは?」

「他者から与えられた力を振るって粋がるなど、戦場もろくに知らん若造くらいだろう。そして、そんな連中だって、貰った力で人を殺し続ければおかしくなる」

 お前さんの弟は名を馳せた武芸者なんだろう? そう問いかけた征四郎を真っ直ぐ見返しながらロズワグンは黙った。
 武芸者との言葉に、征四郎はある種のストイックさを求めているのが言外に伝わったからだ。
 先刻見た気の滅入る修練を続ける男だ、そう信じて腕を磨いて居る事は察せられた。

「確かに弟の名は故国では轟いていた。しかし、力を欲してとしか、心当たりは……」

「浚われた挙句に無理やり聖騎士にされたのでは?」

 不意に示された答えは、ロズワグンの背に電流を走らせた、いや、そう感じさせるに十分な衝撃があった。

「さ、浚われ?! 弟は強いのだ、そこらの連中に浚われたりなど!」

「聖騎士相手でも?」

 間近で知っている弟の強さは、一流の戦士にも勝るとも劣らない。だが、聖騎士相手では如何であろうか?
 剣の一振りで木々をなぎ倒しスケルトンを数体粉砕した聖騎士ならば?
 殺しても即座に甦り、反撃する聖騎士ならば如何か。

「む、無理やりに……?」

 絞り出すような声をロズワグンは発した。
 それで精一杯だった。
 弟が自分の意思で国を、家族を裏切り、捨てた訳ではないと言う推論に縋りたい気持ちと、そうであるならば彼の国を許せぬと言う怒りが胸中で溢れかえっている。
 ロズワグンを赤土色の瞳でじっと見据え、征四郎は静かに頷いた。

「奴ならば、そうする。私の国で数多の実験を行ってきた彼奴ならば。死なぬ兵を作り、運用し、実験を繰り返して、その成果を腹心に宛がう心算だろう」

 淡々と語る征四郎だが、その赤土色の瞳に揺らめく怒りは苛烈だった。
 同じく怒りに燃えている筈のロズワグンの背筋が凍るほどに。

(この男は、一体……)

 背筋を凝らせるほどの怒りを示すこの男について、ロズワグンは素直に知りたいと思った。
 だが、それ以上の会話を状況が許さなかった。

 征四郎がカッと双眸を見開いて、扉に向かえば伺うように外を見た。
 追手かと身構えたロズワグンに、征四郎は小さく告げた。

「昼間の奴だ。一人の様だが連れがいるかもしれん」

 先程とは別の意味でロズワグンはゾッとした。
 あの化け物がここに来てしまった。
 少なくともロズワグンには如何する術もない……いや、無いでもない。
 不意に小高い丘に並んでいた石の事を彼女は思い出した。

「セイシロウ、丘に並ぶ石はお前が置いたのか?」

「藪から棒に何だ?」

 怪訝そうな征四郎に、事は一刻も争うのだとロズワグンは真っ直ぐに緑色の瞳を向けて訴えた。
 僅かに黙った征四郎だが、そうだと頷いた。

「あの下には、騎馬民族《ホースニアン》の死体が眠っているのか?」

「私がこの地で目覚めた時には、白骨死体が転がっていた。訳在って埋葬した」

「ありがとう」

 呟くように礼を述べれば、ロズワグンは印を結んで術を行使すべく、死者の神への祈りをささげ始める。
 その様子に何かを察したのか、征四郎は立ち上がり、時間稼ぎをしようと言って外へ出た。


 征四郎がロズワグンを残して屋外に出ると、鬼火の様に揺らめくランタンを腰に下げた聖騎士が歩いて来る所だった。
 ランタンの灯りに反射して、魔法銀《ミスリル》の鎧が煌めきを放つ。
 征四郎は無手のままツカツカと間合いを狭める。
 片や魔法銀《ミスリル》で要所を護り、片や布切れを纏うだけ。
 武装の差は歴然としているが、征四郎の歩みに恐怖は感じられない。

「打って出てきたか」

「もう理性を取り戻したのか? 半日と経っていない筈だが」

 ランタンを置き言葉を放つ聖騎士に、征四郎は眉根を寄せて不快げに返した。

(……被験者である三嶽《みたけ》曹長は再生に一週間近くかかった筈。奴め……どれ程の実験を繰り返した!)
 
 征四郎の双眸に憤怒が燃える。
 それに気付いた聖騎士は、即座に剣を抜き放って征四郎のいる方角へ、剣を振う。
 到底、剣の届く距離ではないが、豪《ごう》と空気が震えて間にある草木を吹き飛ばしながら衝撃波が征四郎を襲った。
 
 刹那に征四郎の腕が赤き光を纏う。
 赤光《しゃっこう》放つ腕が、迫りくる衝撃波を迎え撃つべく振われる。
 雷鳴の如く大きな音が響き渡り、衝撃波は霧散した。
 それでも、殺しきれない衝撃が征四郎の腕や顔に傷をつける。
 滲み出る赤い血。

「……我が衝撃波を素手で防ぐとは……貴様何者だ!」

「お前たちが滅ぼしたラギュワン・ラギュの法を継いだものだ」

「騎馬民族《ホースニアン》の呪術師の術法を受け継いだのがヒューマンとは笑わせる! だが、禍根は……ぐっ!」

 禍根は断つとでも言いたかったのだろうが、聖騎士は突如として痛みを堪えるかのように呻き、左手で顔を覆った。
 聖騎士の心を恐怖が埋め尽くした。
 
「これは、一体……お前は……誰だ? 何者だ! 名乗れ……。名乗れ!」

「聖騎士を殺すモノだ。――神呪兵じんじゅひょう計画の産物足る聖騎士を!」

【第四話に続く】

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