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父のこと

来週は父の日ですね。

我が家は現在、父が遠方にある父の実家で祖父母の介護をしているため、一時帰宅していた時に済ましているのですが、今日はそんな父への感情を整頓するために、ここに書き綴ってみようと思う。

いきなりで申し訳ないが、私は父が嫌いだ。

でも、それはもちろん最初からではない。

むしろ、子供の頃は「おとうさんだいすき~!!」なんて甘えたがる、いわゆるパパっ子だったと思う。

2歳年下の妹が、母親べったりで、そんな私が唯一存分に甘えられる親というのが父。

おもちゃは買ってもらえるし、母に頼んでも「妹ちゃんがいるから」と、してくれない抱っこも喜んでしてくれるし、動き回る遊びも父に言えば、ボール遊びも鬼ごっこもなんでもやってくれた。

ここまで読んだ方々は、「えっ?めっちゃいいお父さんなのになんで嫌いなの?」となるでしょう。そうでしょう。

私が父の人となりに疑問を持ち始めたのは、小学4年生の頃からだった。

10歳にもなると、世の中の常識というのを段々理解してくる年齢で、それまで当たり前だと思っていた父の言動に違和感を抱き始めた。

父は田舎の末っ子長男。
それはそれは大事にされて育ち、男尊女卑の家庭で生きてきた。

ゆえに、母を見下す発言も多かったのだが、まずそれに気付く。
そして、母の実家を馬鹿にする発言を繰り返していたことにも気付く。

いままで『お手伝い』として、喜んでやっていた雑用も、ただ父が面倒くさいことをこちらに押し付けていたのだということも理解した。

短気で気分屋の父。
少しでも気に入らないことがあると、すぐに声を荒げる。

どこの家庭でも父親というのはそういうものだと思い込んでいたが、母の弟である叔父の穏やかさと比べて、「うちのお父さんも、もう少し周りの状況を察することができればいいのに…」と、モヤモヤした。

子供達にいい顔をしたがる父。
母には最低限の生活費しか渡していないのに、私や妹にゲームを買ったり、職場の人との付き合いで散財した後、母にそこから「俺が稼いだんだから俺の金!」と言って、足りなくなった分を渡すように強要していたと知る。

父が周囲に「いい人」「優しい父親」を演じてる陰で、母が苦悩していたことを知り、父の偽りの優しさに嫌気がさした。

でもまだ、そこまではそれでも父親だからと、完全に嫌いにはなれなかった。

決定的だったのは、私が父方の祖父母からの言動について相談した時だった。

中学生の頃。
幼い頃から祖父母に言われていた仕打ちにとうとう我慢できなくなり、毎年冬休みに行っていた父の実家に初めて「行きたくない」と言った。

父は、当然驚いていたが、私は躊躇いがちに――でも、助けを求める気持ちで訴えた。

「おじいちゃんとおばあちゃんに会うのが辛い。二人は私のことを「お母さんに似てダメなやつ」って言う。「妹はお父さんに似て賢そうな顔なのに、夏穂は母親似でバカっぽい」って言う。妹には可愛いって言うけど、私には言わない。お父さん達がいないと、従兄妹や妹は温かい部屋で遊んで、私だけ寒い廊下に追い出される……。妹には妹が好きな食べ物を与えて、私には腐った食べ物を食べさせようとする。そんなことするおじいちゃん達にはもう会いたくない」

と。

父にとって、祖父母は親だ。
親の悪口を言われて嫌な気持ちになるだろう。

それでも母は嫁の立ち場で弱いし、二人がもうそんな酷いことを言わないようにしてくれそうな大人は、父しかいなかった。

おじいちゃん達に、孫差別をしないように言ってくれ。
二人が謝ってくれて、もう意地悪をしないなら、今まで通りお父さんの実家についていこう。

そう願いながら、父に今まで言えなかったことを正直に伝えたが――。

「おじいちゃんとおばあちゃんがそんなことするわけないだろ!お前の勘違いだ!」

父は怒鳴りながらそう告げ、それ以上私は何も言えなくなった。

しばらくは泣いていたが、それから時間が経つにつれ、父に対して様々な感情が私の中で巡った。

あぁ、この人は確かに血の繋がった父親なのに、子供を守ってくれないんだ。

自分の子よりも、親を優先するんだ…。

あれから20年経った今も、この心の傷は残っていて、父が病気や何かで困ったことがあっても、本心から心配する気持ちすら湧かず、別にどうなったっていいよ…と、冷めた感情しかない。

それでも、表向きは仲良くしておこうと、妹や母も含め、私達は父のそばでは『家族』を演じ、父が居なければ彼がその時言った言葉や行いに、「あれは無いわ~…」「がっかりした」と、愚痴を零しまくって、ストレス発散をしている。

今回、少し早い父の日として、彼の好きなステーキをご馳走した。

こういうイベントについて、父は言葉では「しなくていいよ」と言いながら、本当に何もしないとスネて面倒くさいことこの上ないので、あくまで私達がストレスを溜めないための『父の日』だった。

しかし、余程そのステーキが美味しくて気に入ったのか、先日LINEに「あとでお金出すから、この間のお礼に女3人で美味しいものでも食べに行きなよ!」と連絡が来た。

その件については検討中で、後日「やっぱ無かったことに」っていう可能性もあるので、別に行かなくてもいいかな~と、母と話している。

父に対して、もう何も期待していない。
祖父母と和解することも、父が私の当時の苦しみに寄り添ってくれることも、きっと一生無いと諦めている。

でも、ふと時折考えてしまう。
父のそんな性格を何も知らない子供に戻って、父を大好きなままでいたかったと。


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夏穂
オリジナル創作の本やグッズを作る資金にしたいと思います。 あと、時々、元気を充電するために美味しいもの食べます(˘ω˘)