推論 2021年7月
推しが静かに卒業した。僕にとってはとても大きな推しだった。
僕の推しは、奈良の人だ。
もともと何の縁もゆかりもなかった奈良の街に、ここ2,3年、僕は何度通ったことだろう(とはいえ、昨年末からはまったく通えていない。新型コロナのバカ野郎)。
もちろんと言うか、これまでも何度か推しの卒業は経験している。どの経験もそれぞれ比べることはできない。ただ、今回は意外さと寂しさや切なさで、正直、心の枝の一本がするりと抜け落ちた気分だ。
きっかけは、アウェイチームの応援で訪れた時の彼女の一言だ。Twitterでは何度か言葉にしたけど、何度繰り返しても僕の中では記憶も価値も薄れない。
試合を終えて、アウェイチームのTシャツを着たままアリーナを出る僕に、彼女はこう言ってくれたんだ。
「また来てくださいね」
彼女にしてみれば、よくある一言だったのだと思う。
でも僕は少し驚き、嬉しかった。「アウェイのブースターにこんなこと言ってくれるんだ」と思った。「なんていい子なんだろう、なんて素敵なチアさんなんだろう」と思った。
だからといって、本当にまた行くか? 当時自分が応援していたチームと何の関係もない試合に、わざわざまた行くか? 二十歳やそこらの若者ならともかく、40を過ぎたいい大人が、そんな一言を真に受けて、自宅からいくつも県境を越える奈良の街にまた行くか?
行ったよ。そして行くたびに彼女の魅力を知り、奈良の良さを知り、いつしか彼女は僕の強い推しになり、僕は彼女と彼女のいる奈良という街とチームを好きになっていた。
試合前のお迎えの限られた時間、あるいはハーフタイムや試合後の短い時間、彼女に会える機会がとても大切だった。
試合後のお見送りで人の流れが途切れるタイミングを待ってサインをもらうことが、とても嬉しかった。もらったサインも、サインをもらう時間も、その間に短く交わした会話も、僕はいまもこれからもずっと大事にするよ。
あなたの笑顔は、あなたの声は、あなたのパフォーマンスは、僕の励みだった。
あなたが次の舞台で輝いてくれることを心から願っている。
その舞台が表に立つものであれば、またあなたの姿を見て、この目と耳であなたの存在を実感して、思いっきり応援したい。
その舞台が表には出ない市井のものであるならば、僕は僕の胸の内でずっと静かにあなたを応援し続ける。
あなたがどんな選択をしたのか、これからどんな選択をするのか、今の僕にはわからない。
ただ、あなたのこれまでの過去に感謝して、これからの未来を応援している。
あなたのこれまでの過去を支えてくれた人たちに感謝して、あなたとあなたのこれからの未来に交わる人を応援する。
あなたの選択を尊重し、あなたの選択を尊重した人たちの思いを大事にする。
僕の推しは、本当にかわいくて、かっこよくて、美しくて、いい子なんだ。