シャチョー。と俺を呼ぶオトコ。
ウチの客の中で随一のパンクス野郎ことTヤス君。こう見えて1流コックさん。
中華街の、とあるお店で腕を奮ってます。
見た目にパンクスだしムキムキでゴツいし、主張も思想もツヨめ。
何よりバイクが異次元。只者では無い事は凡庸な諸兄にも写真から伝わっていると思う。
本物か否か?
俺には分かる。付き合いが長いから。
彼は俺を「シャチョー」と呼ぶ。社長の自覚など皆無ゆえ、誰の事?ってなるし他の奴にはそんな風に呼ばせない。
そんな風に呼ぶなよ。俺の店に社長など居ない。ちょっとヤダ。その呼び方嫌い。
本来なら嫌いなんだが、銀行マンやその他営業の電話から聞こえる、うさん臭い『社長』とは一線を画す。
彼の発する「シャチョー!」はくすぐったいけどイヤじゃ無い。こんなパンク魂全開のバイクに乗ってりゃ、色んな人と関わりも沢山の経験をする事になる。苦労も多く体験しているだろう。だってトラってそーゆーモンだもんね。
その辛酸舐めまくりのしゃがれ声で俺を呼ぶ。「シャチョー」ってな。
う〜ん。悪く無い。
良いヤツかイヤなヤツか?
ウチに来るヤツのほとんどが良いヤツだ。良いヤツ多い。でもそれじゃ1番多数派。良いヤツってだけじゃウチの店じゃ目立たないし、無下に扱われます。Tヤスも良いヤツだ。でも良いヤツかどうかは関係ない。そんなのどうでも良い。肝心なのかはソレ以外に何があるか?って事。
オレんチってさ、バイク好きなヤツ、上手く乗れるヤツ、イジれるヤツ、バイクで人生を棒に振ってるヤツ。とにかくバイクに長けてる奴が偉いのだ。と言うカーストある。つまり、俺が一番って事。マイショップはマイルールを法律より遵守してくれ。
Tヤス君が何処まで出来んの?
と聞かれれば、まぁ大した事ないよ。
そこそこは触るけど、もっと出来る奴は沢山いる。中の下。ってトコ。
カスタムセンスもご覧の通りだ。
タンク何色よ?赤いクロスのマフラー付けて、ジョッキーシフト。少し前まではブレーキレスだぜ。
何かが崩壊してるだろ。
正直、バイクに関する事柄で彼に惹かれるトコは少ない。無くは無いけれど、彼を語るときにバイクの話など不要だ。
あんなにインパクトの強いバイクに乗っているが、彼は1流のコックさんなのでバイクの事なんか語る必要ない。
料理の世界に向かっている彼こそが彼のホントの姿でバイクなんてどうでもいい。
時たま横浜からさいたま市まで手作りのケーキや焼き菓子を届けてくれる。
突然、いきなり。パンクスがケーキ持って現れるんだ。あのバイクに乗って。ムキムキで。厚い胸板をピチTにねじ込んで。
ちょっと想像出来ないでしょ?真剣に想像すると具合悪くなるからやめな。
恐怖っ!ガチムチパンク野郎が手作りケーキ持ってヒゲバイク店にやって来ます。恐怖新聞の見出しに決定。お母さんが隣にいたら「見てはいけません!コラっ指、指さないのっ!」ってなるやつです。
ちびっこは直視すんなよ。トラウマなっぞ。
いきなり話は変わるが、今日ね。メッキ屋さんに電話したの。
「出してる部品、まだですか?追加で出したいのあるから持って行って良いですか?』と聞きたくて。
「あ〜。社長いないんで、わかりませんっ」だってさ
「何時頃、お戻りになられますか?」
「あ〜。昼過ぎですかね。年内の作業は間に合いませんけど?」だって
なんつうか。何だかな?って気にはなる。別に良いけどさぁ。断るな。勝手に。
メッキ屋さんの社長さんとは話する仲なので、その従業員さんの文句にならない様に、言葉を上手く探しながら聴いてみた。年内に出来ないか?
「え?全然やりますよ!」
ほらこれだ。社長さんのスピリッツを従業員が分かって無い。
この社長、出来もしない、絶対守れない納期でも何とかしようとするオトコだもん。その背景や、従業員さんとの関係性も知らん。知らんけど、前のめりな姿勢って伝わるし。この人の魅力もそこだろ。
Tヤスもそうだ。前のめりなんだよね。良い意味で。
彼の職場。中華街のお店に食事しに行った事がある。味は俺には分からない。
エブリデイ松屋育ちの俺に本格中華は分からんよ。辛いの食べれないし。
Cook Doで十分です。しかし味は分からなくとも分かる事は沢山ある。
仕事ぶりや店での立場、振る舞いが彼の料理人としての素性を物語っている。
たまにウチにやってくる時も100%の確率で、ドコドコの料理屋にこれから行って来やす!と消えて行く。ウチに来るのはそのついで。
ついでだからって何か手作りで差し入れしてくれる。心優しきパンクロッカー。
いや音楽の趣味は知らないが。
料理に対しては常にアツく研究熱心で前のめり。そこが無けりゃ一流とは呼べない。
料理トークなんかした事ないよ。聞いても分かんねぇって。俺のトラの話がオマエラ程度に理解できる訳ないのと一緒。誰でも何となくそう言うのあんだろ?
無い奴はもっと真面目に生きろ。彼の様にcoolにアツく生きてくれ。
だから彼の事が好きだし、長く付き合えているんだと思う。
そんなパンクスになら「シャチョー」と呼ばれるのも悪い気はしないのだ。