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『エントロピーの増大の法則編』 "庭づくりにおける3つの「テーマ・主題」と5つの「キーワード・手がかり」"論

キーワード・手がかりの3つ目は
「エントロピーの増大の法則」
調べてみると
「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい
自発的に元に戻ることはない」という法則。
これは宇宙の法則そのものだとも言えますし
資本主義もそう地球環境もそう
散らかっていく部屋もそうだし冷めていくコーヒーだってそう。
もちろん庭も。
手入れというのは特にこの「エントロピーの増大の法則」と
どんなふうに対峙していくのかということになるんじゃないのかなと思います。

僕はこの法則を頭にイメージしながら庭を考えますし
自発的に元に戻らないものを新たに(また再び)
人の力と技術と経験と美意識で
どんなふうに元に戻そうとする行為そのものが大げさにいったら庭ってもんじゃないのかなとも思います。

僕の好きな言葉に原研哉さんの言葉があります。
原さんはデザインという行為も掃除だとおっしゃっていて

「掃除には極意があります。
人間は、「人工物」例えばプラスチックやコンクリートが増えすぎると自然を恋しがります。
一方で、自然が奔放に押し寄せてくるのも都合が悪いわけです。
畳の上に草が生えてくると嫌ですよね。
庭も、じわじわと自然が攻めてくると草をむしり、木を整えます。
しかしやりすぎるのは野暮だから苔(こけ)は上手に残し、落ち葉も掃きすぎない。それを150年くらい続けた結果、「自然」と「人工」のあわい、つまり波打ち際ができてきます。
それが「庭」というものです。
掃除をし続けた結果としての庭に「おっ」と感じるものがある。」

庭は「自然」と「人工」の波打ち際にできるもので
つまりは人工や自然の波みたいなものが
「エントロピーの増大の法則」ってことになります。

つまり庭は一方通行では庭にならないってことです。
「手入れ」というものがいかに
庭を庭たらしめることに重要なことかということです。

「メンテナンスのいらない庭」なんて言葉は
矛盾してますし
最初に植えたものがモリモリな状況になったというのも
その瞬間はもちろんいいのですが
それをまた手入れしてスッキリさせてまたモリモリにする
その繰り返しが庭なんですよね。

庭というのはもしかして形じゃなくて行為なのかもしれないですね。

一方通行では庭はできません。
波のように寄せては引いて
またそのときそのときに悩んで迷って
そんなゆらぎのなかにある美しいものが庭であったらなと。

なかなかメンテナンスを待っていただいてばかりで申し訳ないのですが。。。

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