母へ。
彼が「美味しいね。」って私の作ったご飯を食べた時。
「料理を好きになりなね。」っておちゃめな顔で笑った母を思い出す。
私が挨拶して、相手が目も合わせてくれなかった時。
「挨拶はしたもんがちよ。相手より先に笑顔で。」と清々しい顔で言った母を思い出す。
「あ~幸せだなぁ。」と感じた時。
「あなたの幸せが母さんの幸せなんよ。」とくしゃくしゃな笑顔で笑った母を思い出す。
そう、いつだって。あなたは私の傍にいる指標で。
そう、傍にいなくなった今だって。あなたは私の傍にいるんだ。
春。
幾度となく、飽きずに通った尾道の桜を思い出す。
やいやい言いながら、腹ペコで並んだあのラーメン屋。
歩くのは面倒だからとロープーウェイで登って見降ろした、瀬戸内海。
あたりに儚く散っていく、あの春の桜。
場所が変わったって、桜を見ればあなたの笑顔を思い出す。
夏。
「絶対に焼けたくない。」とCMのセリフみたいなことを毎日言っては、
日焼け止めを塗りたくってなんたらアームをしていたあなたを思い出す。
秋。
またもや幾度となく、何度も通った京都の紅葉を思い出す。
あの時元気に歩き回っていたあなたも、
「これが最後の旅行だね。」と寂しく微笑んだあなたも鮮明に覚えてる。
冬。
あなたの死に顔も思い出せない。記憶がない。
何年も経った今も、秋から冬へ季節が移り変わる時ふと冬の匂いがすると
思い出すことができないあなたの死に顔を思い出す。
「あの時はこうでさ~、あの時はこうだったんだよね。」って
笑顔であなたのことを話す時、その時は笑顔でもいつだって夜が怖い。
夜にあなたを思い出し、闇に落っこちる。
そこで「夜に悲しいことや辛いことを考えちゃだめよ。
朝にしなさいね。」と言ったあなたを思い出し、なんとか眠りにつく。
みんなが「お母さん」の話をしだす時。
ふと私を気遣いだす皆。「いや、好きに話してよ。」と思う一方で、
「思い出させないで。」と拒絶する自分もいる。
思い出したの?忘れたいの?私の中の私たちが言う。
朝日が昇る時。
「今日も一日頑張ろう!行ってらっしゃい!」と
毎日元気な笑顔で送り出して、ベランダからずっと見送ってくれた
あなたを思い出す。
昼ごはんを食べる時。
どんなに疲れていても、毎日美味しくて愛がこもっているお弁当を
作ってくれたあなたを思い出す。
夜、お酒を家で飲む時。
時に笑って、時に泣いて、と一緒に映画を観た夜を思い出す。
街を歩けばふと流れてくるメロディに耳を奪われる。
あなたがいつも聴いていた歌。好きだって言っていた歌。
私があなたを失った時に幾度となく、ただただ何度も聴いていた歌。
歌は不思議。いつでもあの頃に呼ばれて帰れるんだね。
生まれ変わりなんて信じてないし、来世があったとしても記憶なんてない。
この人生がすべて。あなたから生まれたこの人生が。
天国や地獄も信じないというか分からない。
だからまた会えるとも思えない。
でもね、あの時も今もこれからも、絶対会えないあなたに会いたい。
お母さん、いや、母さん。
私はあなたにもらったこの人生をこの身体で、
命尽きる時まで懸命に生きようと思うの。
また思い出したら、この続きを書くかもしれない。
でも書けないかもしれない。
でもそんな私をふっと笑ってあなたは今日も私の傍にはいないんだ。
いつか私に言った「強く生きて。」という言葉と
いつも傍にいた美しくも寂しい思い出だけ残して。
この文が誰かの励ましになることを願って。
shima
#創作大賞2023 #エッセイ部門
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