祖母の命日に思うこと
もう10年になるのか。学生時代まで同居していた祖母が亡くなった。都内で一人暮らしをして2年経った時だった。
気丈な祖母も最後は、「手がいたいから摩ってくれ」と言い訳をして、私の手を握った。体温は下がった手はとても冷たく、ゴツゴツとして農家の嫁として全うした結晶に思えた。
最近、知り合いのおばあさんから野菜を頂く機会があった。年齢は75歳。私一緒に暮らしていた時の祖母の年齢だ。そのせいか、会うたびに祖母と重ねてしまう。
野菜の調理方法や、梅干し、味噌の作り方、嫁姑問題、子育てや旦那さんのことまで、祖母に聞けなかった事を今、聞いているかのように。
ある時、はっとした。祖母の料理が好きだったのに、何一つレシピを知らない。
母は、祖母から料理を教えてくれなかったようなので、引き継がれる家の味というものが断絶していたのだった。
結婚をきっかけに【家族の足あと】というなにかを残したいという気持ち。【子供】や【資産】のようなものでない、【無形資産】というべきもの。
祖母の作る牛乳寒天、来客がある時に作ってくれた鶏ごぼう、おもいっきりテレビを参考にした食材が不足している健康料理、牛乳の入ったさつまいもの煮物やあまり好きじゃなかった里芋の煮物、手作り味噌や塩気が強すぎる梅干し。
祖母の味は覚えている。いつか祖母の味を知らない夫に食べさせてあげたいと決意した日となった。
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