2-(2) 石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か(その2): 河道整備分の便益まで計上した誤った計算
これまで、「石神井川上流地下調節池整備事業の費用便益分析は適切か」と題し、(その1)では「現実と乖離した氾濫図の作成」について説明しました。
今回の(その2)では、当該事業の費用便益分析について、無害流量の設定のあり方に関係する事柄について説明します。つまり、東京都による計算は、河道整備分の便益まで計上した誤った計算となっています。
【整備の考え方】
石神井川上流地下調節池整備事業における「整備の考え方」については、専門家委員会(令和5年11月27日開催)の配布資料スライドの4ページに次のように説明されています。
① 時間50ミリ降雨までは河道整備により対応
② 時間50ミリを超える降雨は新たな調節池及び流域対策で対応
【計画規模】
石神井川上流地下調節池整備事業の整備目標は、上の図でも示されているとおり年超過確率1/20の時間最大75ミリの降雨に対応することを目標としています。
ここで、浸透トレンチや地下貯留施設の設置などにより、10ミリ分については河川や下水道に流れ込む雨水を抑制する計画です。現状では、この流域対策が完了していないため65ミリの雨水が河川に流入すると考え、年超過確率1/10の時間最大65ミリの降雨に対応することを目標としていると東京都は説明しています。
配布資料の4ページには、「■目標 ・年超過確率1/20の規模の降雨に対応 ※石神井川:時間最大75ミリ降雨」と記載されており、とても分かりにくいです。しかし、流域対策が完了していないという理由で、本事業の事業評価は「年超過確率1/10の時間最大65ミリの降雨」に対応することを前提にしています。
【無害流量】
<現在の計算で使われている無害流量:超過確率1/2.0>
河道計画上安全に流下できると評価される流量を「無害流量」といいます。東京都は、「現在は河道が整備されていない箇所が残っている」という理由で、年超過確率1/2.0、時間最大40ミリの降雨を無害流量としています。しかし、この設定方法は、以下の理由で合理性を欠いています。
<事業評価で使用すべき無害流量: 超過確率1/3.0>
上の図で示したとおり、50ミリまでの降雨は河道整備で対応するのが「整備の考え方」です。このため、現状の河道が40ミリ/時の整備水準であるとすると、50ミリ/時までの洪水被害軽減額は、河道整備の便益に属するものです。
「治水経済調査マニュアル(案)」(令和2年4月版)のp.59には、事業の便益の根拠となる「事業実施により防止し得る被害額」は、無害流量と計画の無害流量との差(流量規模)に相当する被害額を算定するように指示しています。
上の図で説明すると、現状の河道が40ミリ/時の整備水準であれば、河道整備後の「計画の無害流量」が50ミリ/時となります。この時、図中の「事業実施により防止し得る被害額」は、河道整備に属する便益を示していることは明らかです。
「整備の考え方」では、50ミリ/時の河道整備でも対応することができない15ミリ分について「調節池整備」で対応すると説明しています。つまり、調節池整備の便益の計算では、無害流量を超過確率1/3.0の50ミリ/時に設定することが正しい方法と理解できます。
東京都が現在の事業評価で計算しているように超過確率1/2.0の40ミリ/時と設定した場合、河道整備によって防止し得る被害額(※)を地下調節池の建設による便益に含めてしまうことになります。
(※)流量規模が40ミリ/時~50ミリ/時に相当する被害額(事業の便益)
【まとめ】
河川の「整備の考え方」として、「①時間50ミリ降雨までは河道整備により対応 ②時間50ミリを超える降雨は新たな調節池及び流域対策で対応」と示されています。費用便益分析についても、ここで示された「整備の考え方」に基づいて行うのが正しい方法です。
Note 1、Note 2、Note 3で説明したとおり、計画中の調節池は、「過去の降雨量と調節池の貯水量」「過去の溢水履歴」「過去の降雨量と河川水位」などから分析すると過大な規模のトンネル式地下調節池です。しかし、令和5年11月27日の委員会時の事業評価においては、その根拠資料において「この調節池を建設しても65ミリ/時の降雨で616億円の被害が想定される」としています。
「65ミリ/時の降雨では、新設の地下調節池の容量を超えない設計であるのに、なぜ616億円の被害が想定されるのでしょうか」と質問に対し、都の担当者は「理由は、河道整備が完了していないために河道から溢水するからです」という回答とのことです。しかし、この説明そのものが「河道整備による便益」と「調節池整備による便益」が全く区別されていないことを示しています。
石神井川地下調節池整備事業は、1310億円もの事業費が投入される予定の巨大な土木事業です。事業評価においては、「現在進められている河道整備による便益」と「今後の調節池整備による便益」を明確に区分し、調節池整備による費用・便益についての分析を正確に行うことが求められています。
(参考文献)
Note 1: 石神井川上流地下調節池は本当に計画規模が必要か(その1):南町調節池は溢水したことがない
Note 2: 石神井川上流地下調節池は計画規模が必要か?(その2):上流には既に4つの調節池があり安全に治水が行われている
Note 3: 安全・経済的な代替案を検討するべき(その3):短時間で急な増水に適した対策を
※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。
このため、もし上記の執筆に誤りなどがあった場合には、是非、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。
また、他の拙稿も読んでいただければ幸いです。以下からリンク可能です。
・目次(「石神井川上流地下調節池整備計画」について)
7.「石神井川上流地下調節池整備事業」の残された論点:流域の浸水被害の低減に向けて