さくらさん
さくらさんとは、10年前当時付き合っていたフランス人の彼を介して出会った。
さくらさんの本名は忘れてしまったけど、さくらさんは、フランスで彼氏とペアで翻訳の仕事をしている。猫みたいな素敵の女性で、人懐っこくて、ケラケラ笑って、でも流行りのSNSはやってないからメールでしか連絡が取れないし、送っても返事がくるのはさくらさんがその気になった時だけ。
大分年上っぽくもあるし、30代にも見える。ふざけたことも好きで、初対面の私にも十年来の友達のように接してくれた。
フランスに住むとこんな素敵な歳の取り方をするんだなぁと当時学生の私にはキラキラして見えた。
さくらさんは、ずっとフランスに憧れていて、OL時代からフランス語を習い始めて、フランスの大学に入ってそこで今の彼と出会ったらしい。結婚はしてないけど、パックス法で結ばれているから、なんかいい意味で老夫婦みたいな落ち着いた二人だった。二人でいることを何よりも楽しんでいる二人だった。さくらさんの彼の話もいつか書こう。
さくらさんは、ベビースモーカーである。
ある夏休み、八月なのに肌寒い南仏だったかスペインだったかのビーチで、私の彼と彼の友人らと過ごしていた。そこにさくらさんもいた。
現地の人と温暖な日本から来た私たちの体感温度が違うようで、現地の人はまるで真夏みたいに服も水着も何もつけずに寝転がっている。秋の海みたいに、暖かそうに見えるのに冷たい海水に喜んで入っていく人を、震えながら私とさくらさんは見つめていた。
そんな震える体で、さくらさんはタバコを整えていた。細かく刻まれたタバコの葉を、うすい紙で巻くのだけど、手も震えてるから上手く巻けなくて、何回か失敗しながら、途中風に葉を飛ばされたりして普段は1分もかからない作業を十分くらいかけてやっていた。
最後舌で整えている姿をみて、滑稽だったし、欲望に忠実な人なんだなぁと感じた。
関係ないけど、どうしてフランスに住み始めると女性はタバコを吸い始めるのか。もともとフランス文化に憧れていた人たちが移住するから、影響されやすいのかもしれないけど、これとオープンリレーションシップのカルチャーは未だに理解できない。
当時付き合っていた彼が帰国するタイミングで、私たちの関係も終わり、さくらさんともこの夏休み以降会っていない。
きっと元気にしてるだろうし、気ままにやってるんだと思うけど、たまに日本での生活や仕事に疲れた時に、さくらさんやこの夏のことを思い出すと、人生どうにかなるよね、って思える。記憶の中で、現実逃避できる小部屋みたいになっている。
あの時はフランス語も喋れないし、彼との関係もあまり良好でなくて、せっかくの旅行なのに7割が辛い思い出だった。でも、時間が経つとこんな優しい思い出に変わるから不思議だ。
人の記憶ってよくできてる。今でもさくらさんが、笑いながらO LA LAって言ってる姿が目に浮かぶ。