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漢字ショートショート「悪夢の記憶」
彼と別れてバッサリ切った。久しぶりのベリーショート。友人からその方が可愛いわと言われた。彼女なりのなぐさめ。
どうしてフられたかはご想像に任せるとして、冬の真っただ中。かなり肌身にこたえる。うなじも全開、マフラーが欠かせない。
その夜から悪夢を見るようになった。私のうなじめがけて、犬と鬼が大口を開けて噛みついてくるのだ。私は必死で逃げる。ビルの谷間、わずかな隙間に身を隠していると目の前を通り過ぎ、ほっとしたのも束の間、牙むき出しの口が突然上下に現われる。私は気を失って汗びっしょりで目が覚める。
そんな日が、1ヶ月続いた。
「あんたの元カレ、噛み癖があったんじゃない?」と友達が言った。
「やめてよ。吸血鬼じゃないんだから」
変な癖はないけれど、一度怒り出すと手が付けられないことはあった。それが犬と鬼になる? 犬のようにじゃれつくこともあったが、鬼が一緒なのは何故だろう。
「ほら、もうすぐ節分だし。スーパーで売ってる豆にくっついてる鬼のお面が頭に残ってるとか?」
節分のお面?そういえば幼いころ保育園に来た鬼にギャン泣きしたっけ。
私は一計を案じた。おぞましい鬼のお面を自作して、かぶって寝たのだ。その夜、またも夢に現われた犬と鬼に、これでもかとさらに大口を開けて脅してやったら、やつらは一目散に逃げて行った。
それから私は節分には豆を「鬼は外~犬は外~」と言いながら投げないけれど食べる。もちろんあの日以来、悪夢に魘されることはなくなった。
もしかしたらあの鬼は、私自身だったのかもと思っている。
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うなされるうなじ
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