見出し画像

毎週ショートショートnote【缶蹴り恋愛逃走中】

 「ありがとう」「なんのなんの。なんのようこ」
 アイドル南野陽子が全盛の頃だった。缶蹴りで遊んでたオレたちに、学習塾帰りのミナミちゃんが参加したいと言い出して驚いたが皆色めき立った。クラスのひそかなアイドル・ミナミちゃんだもの。
 しかし脚力ではかなわない。ずっと鬼を続ける羽目におちいったミナミちゃんがかわいそうになり、オレはわざと見つかって鬼になり、あっという間に鬼から逃げる側へ戻ると、ミナミちゃんと一緒に隠れた。見つかれば、鬼を追い越して缶を蹴とばす。得も言われぬ使命感に燃えた日だった。

 数十年ぶりの同窓会で会ったミナミちゃんが懐かしそうに言った。
 「助かったわ、あの時は」「なんか不思議な日だったなあ」
 「どうして?」「缶蹴りに参加するなんて思いもしなかったし」
 「あの日ね、母親が塾に来て教室の廊下から私に手を振ったの」
 「それって・・」
 「そう。母親が離婚して家を出た日。だからあの日、私を守ってくれたあなたのこと、ずっと忘れず今も好きなの」
 (わお!なんてことだ。オレには愛する妻と子供がいる)
 「ありがとう。でも今の話、聴かなかったことにするよ」
 「ふふ。逃げるのね。でもそう言うと思った。缶蹴り、逃げ足も早かったもんね」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?