短編ショート「井の中の蛙 大海を知らず」
「井の中の蛙 大海を知らず、と言ってだな・・」
井戸の底で蛙が説教を垂れている。
「つまり、見識が狭いのも知らないで偉そうにしてるってことですよね」
「偉そうかどうかはともかく、まあそんなところだ」
蛙は井戸の壁に張り付いて脱出を試みたが、あと少しのところで体力が尽きて井戸の中へ落ち、大けががやっと癒えたところだった。
そんな時に、田んぼで兄弟たちと一緒に捕まってしまい、バケツから渾身の力をふり絞って跳ねて落ちてきたのがおたまじゃくしだった。
おたまじゃくしはおじさん蛙の話を聞き、このままの姿でもいいと思い始めた。大海を知ることができないなら、蛙になってもしかたないじゃないかと。
しかし自然の摂理はそれを許さない。後ろ足が、次に前足が生えてきて、蛙らしい姿に変わっていった。残るは尾が体内に吸収されるだけだ。
「もうすぐだな。そしたら、井の中の蛙じゃいられないぞ」
おじさん蛙が脱出をうながしてくる。
「おじさんも出ようよ」
「おれか?おれには無理だ。何度も試みたからわかっている。もう年をとりすぎたらしい、若返るにはな」
「僕がおぶって登るから大丈夫だよ」
しかしおたまが蛙に成長しても、おじさんの半分の体しかなかった。
「ごめんなさい。無理そうだね・・」
「蛙にもいろいろいるからな。それより無事に登れるか?やってみろ」
「やってみる!」
若蛙が登り始めた。井戸は古く底から石を積んであり足場はあるが、最後の出口付近はコンクリートで補強がしてあり滑りやすい。あと少しのところで、若蛙は動けなくなってしまった。
「あきらめるな。大海がお前を待っている」
おじ蛙の声がすぐ下で聞こえる。頭で若蛙のお尻を支え持ち上げてきた。
「おじさん! おじさんも一緒に出ようよ」
「おれはここまでだ。体力の限界。さあ行け!」
そう言うと、おじ蛙は落ちていった。
「くそ! 負けないぞ! おじさんの分まで」
若蛙はついに登り切った。井戸の淵からのぞき込んだ。底は見えない。
「やったよ! おじさん!」「いててて。よくやった」「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」「おじさん、ありがとう。おじさんのおかげだよ。ひとりで大丈夫? 」「心配するな。そうだ、お前にひとつ教えておこう。大海を知らずの話をしたよな」「うん」「そのあとに続く言葉があるんだ」「続く言葉?」「こうだ。『されど、空の深さを知る。』ここから見上げる空のなんと青いことか。いいか、大海だけ知ってもだめだ。見上げて空の青さ深さも知るんだぞ」「はい。おじさん、お元気で!」
若蛙は涙をこらえ背を向けると、力強くジャンプした。
(了)
若蛙 負けるな おじさん 井戸にあり
その後の、若蛙?
よろしければ、こちら ↓も見てね(^^♪