短編ショート〈 満開のコスモス 〉
秋になり日没が早まって、暗いコスモス遊歩道でひったくり事件が頻発し、防犯を考慮した市政は急いで街灯を設置した。やがて明るくライトアップされた満開のコスモスの花々に吸い寄せられるように見物客が集まってきて、屋台も並び、遊歩道は昼間以上ににぎやかになった。その光景を苦々しく思う男がいた。近所に住み、コスモスを毎年見てきた男である。
「バカなやつらだ。このにぎわいも今年限りなのに」
年が変わり春になると、街灯のランプが投石で割られる事件がおきた。ひとつ、またひとつとランプが割られ、夏の暑さが落ち着いて、こぼれ種から伸びて成長したコスモスが花芽をつける頃には、すべての街灯が壊された。そして、ようやく投石の犯人と疑わしい男が見つかった。片足を引きずりながら歩く男が夜の遊歩道を何度も徘徊していたという目撃情報がよせられたのである。警察に問い詰められても男は犯行を否定した。
「また夜道が暗くなって物騒だから、見回りをしていただけだ」
「嘘はよせ。投石犯人は片足を引きずりながら逃げていったという証言も出てるんだ。お前がやったんだろ? 白状しろ」
男は「なんだと?」と言ったきり黙り込んでしまった。男は建設現場で働いていたが足場から落下して右足首を骨折して以来、足を引きずるように歩いていた。しかし、男には他に思い当たる老人がいた。コスモスの枯れた花殻を人知れず黙々と摘んでいた爺さんだ。転んで足を骨折したらしく回復はしたものの、同じく片足を引きずるようにして歩いていた。
(まさかあの人が・・)男は意を決した。
「俺がやりました。すみませんでした」
男は逮捕されたが投石の動機を尋ねられてもあいまいで、むしゃくしゃしていたからと言うばかり。裁判でもその答えは同じだった。転落事故以来、現場しか知らない男は再就職もままならず、いまだ無職である。その鬱憤がたまっていたのだろうと動機の特定は重要視されず自白が決定打となり、次回結審・判決言い渡しとなった。
結審の日、二人の証人が情状酌量を願うとして法廷に立った。一人目は目撃情報を提供した近隣住人である。
「私が目撃した人は左足を引きずっていました。でもこの人は右足です」
検察側が席を立って「異議あり!」と叫んだ。弁護人がそれを制した。
「反論は二人目の証人の後に願います」
裁判官がそれを認めた。二人目の証人が左足を引きずりながら証人台に立った。被疑者の男に向かい深々と頭をさげてから、証言をし始めた。
「石を投げて街灯のランプを壊したのは私です。この人じゃありません」
裁判官が尋ねた。
「どうしてそんなことをしたんですか?」
「私は、街灯が設置されるという話を聞いた時から何度も市役所に行ってやめてくれと言いました。しかし、もう決まったことだからと門前払いで誰もこんな老いぼれに耳を傾けてくれる人はいませんでした。コスモスのことなんか誰も興味がないんだと私は落胆してしまいました」
老人はひと呼吸置いてから、話を続けた。
「コスモスは日が短くなると、秋が来たことを悟って花を咲かせるんです。でも、街灯で夜も明るくなってしまうとコスモスはまだ秋が来ないと迷ったまま花を咲かすことができないんです。だから、石を投げました。老いぼれだからひとつずつしかランプは壊せません。でも間に合いました。今年もコスモスは咲いてくれます」
そこまで言うと、老人はうつむいたまま検察側に向きなおり、両こぶしをそろえて差し出したのだった。
男は、やはりそうだったのか俺がやるべきだったという後悔と同時に怒りがわいてきた。立ち上がり、叫んだ。
「キリストは言った! 罪なき者は石を持て! この人に罪はない。罪びとはこの街の、この人以外全員だ!」
新たな裁判が行われた。老人は無罪放免となった。損害は市側で負担することとなり、街灯は再点灯されることもなく近々撤去される予定である。夜間パトロールが強化され、今年もコスモスは満開の秋を迎えた。