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(超短編小説) トクサの部屋


 夜帰宅して自分の部屋に戻ると、窓際の床からトクサが伸びていた。
 畳に敷いた絨毯を突き抜け、トクサ全体をこげ茶色の土がこんもりと囲っている。床下の地面から土をも持ち上げ、半日の間に3m近くも伸びたようだ。その幅、約2m。
 人工物しかない部屋の中に、いきなり自然が侵入している。その違和感たるや半端ない。俺はベッドに座り込んで、呆然とトクサを眺めていた。
 (どゆこと?)
 しかし、しばらく眺めていると(案外悪くない)と思い直すから不思議なものだ。人間が自然の一部だった頃の記憶がDNAから呼び起こされるのか?いや、一部だったら記憶さえ無いかも知れない。だが、なんだか癒される。だだし、土は片づけよう。海中のプランクトンのごとく、地中の微生物や虫が這い出て、部屋の中を席捲されるのは困る。土を片づけ、掃除機をかけ、一息つくと、スマホでトクサをググった。
 (地下茎でどんどん広がるから、庭には植えてはいけない)
 それで部屋に侵入の生存戦略?まさかね?
   (トクサの茎は空洞です)
 その中をどんな生き物が登って来るやも知れぬではないか。いつぞやの、ムカデが壁をスイングしながら這っている光景を思い出した。
 やっぱり、このままではまずい。明日は休みだ。床下に潜って、地下茎を掘り出したほうがいい。
 癒されたのも束の間だ。(人間ってやつは勝手なものだ。。)
 俺は他人事のようにつぶやいて、夕食もそこそこに早めに眠りについた。
 
  むむ。背中がむず痒い。寝返りが打てない。目を開けると、体中をトクサが貫通していた。横目でにらむと、部屋中がトクサのジャングルだった。机の上のノートPCもプリンターも、床に置いたままのカバンも突き抜かれ、持ち上げられて、ジャングルの中空に浮いている。俺もベッドから浮いていた。天井が徐々に近づいて来る。
 (わかった、わかったよ!明日、庭に移植してやるから勘弁してくれ!)
 トクサは一斉に縮んで、俺はベッドに落ちた。ノートpcもプリンターもカバンも落ちた。トクサは一瞬で一本残らず消え去った。
 (やれやれ。素直なトクサで助かった。真っすぐなやつで良かった)
 明日は忙しくなりそうだ。
                                                 
                                                                                                  (了)

         トクサ(砥草。木賊とも書く)
  茎の表面がざらざらしており、サンドペーパーのように使われた。
 地下茎でどんどん広がるので、賊が次々侵入してくる様子を連想させる。
          花言葉:率直・非凡
           別名:歯磨き草
         ん? ハミが来そう?  


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