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淑女のように嫋やかに、獣のように野蛮であれ

「あたしはお守りにいつも赤いものを身に着けていくわ」

これは、イタリアの名優、ソフィア・ローレンの言葉也。

琥珀色の肌とはち切れそうな肢体は、ナポリの生きとし生けるものすべてを焼き尽くすような太陽と、マフィアが実権を握る、うらさびれた街には似合わない、どこまでも青く澄んだ海が生んだ賜物だった。

さて、今夜の私が身に着けるイヤリングは、刺繍を施したインドリボンの淡い萌黄色だ。

あいにく、赤ではないが、バニラ色のブラウスには優しく映える。

「霧島さん、本当に自閉症なんですか?

とてもそんな風には見えませんけどね」

かつて机を並べた同僚の言葉が、脳裏によみがえった。

ー本当も何も。

「障害者手帳ありますよ。見せましょうか」

と、言ったら断られた。

「自閉症って、空気を読めないし、身なりにも気を使わない、って言いますけどねえ」

馬鹿にしているわけじゃないのは、目つきと声のトーンで分かる。

彼女にしてみれば、至って素朴な疑問なのだ。

だから。

ーあんたら、majorityでも、まともに話が通じない奴は掃いて捨てるほど
いるけどね。

とは、言わなかった。

わずかに茶色がかったバーガンディ色のプリーツに脚を通す。

これも彼女に言わせれば「霧島さん、また臙脂のスカートはいてる。
私、週二回は、同じ服着て出社できないわ」で終わりなんだろうな。

白髪が増えた。

「やだ、霧島さん。髪、染めないんですか」

耳の奥で囁く彼女の言葉を振り切り、髪を結う。

幸いにも私の白髪は、黄みの無い銀髪だ。

早く真っ白になればいい。

ーあたしは障害者じゃない、Minorityだ。

独りで生きたいわけじゃない。

独りで生きられるわけがない。

でも、あんたらは、血を啜って骨をしゃぶる、あたしたちを穢れたものとして扱うでしょう。

「目の前に青々とした牧草が広がっているのに、見上げれば、すぐそこに瑞々しい葉がいくらでも垂れ下がっているというのに、なぜお前は小鳥や鼠を襲うのだ」と。

あたしは、あんたたちみたいに、茂みのわずかな物音も聞き逃さない鋭敏な耳も、この地平線を颯爽と走り抜ける強い脚力も持っていない。

あたしにあるのは、柔らかな体を引き裂くための黒光りした爪だ。

草むらに紛れ込み、気づかれないように近づくための、薄汚い斑だ。

最期の力を振り絞り、四肢を引きつらせながら暴れる獲物に引導を渡すための鋭い牙だ。

『雌犬』

侮蔑の言葉を叩きつけられた、鏡のなかの私の目尻は、般若のように吊り上がり、噛みしめた唇には、うっすらと血が滲む。


ごくりと生唾を飲み込むと、

私は、ゆっくりとはみださないよう、赤い紅を引く。

瞳の奥のぎらついた光は、なりを潜め、唇の破れた皮の痕跡は、そう簡単には、見つからない。

ー私はいつも、良いことがあるように、赤いものを身に着けているの。

私は、今夜も祈りをこめて、血のように赤い紅をひく。


(おわり)

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