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鏡は真実しか映さない

断続的にではあるが、福祉の仕事に関わって、25年が経過した。

自分が望んだ仕事ではない。

しかも、ほとんど無給なので、要はボランティアの強制だ。

いい加減、辞めたいのはやまやまだが、私のもとには、ひっきりなしに「訳アリ」「取扱注意」の女たちが、ごろごろと転がり込んでくる。

ヤングケアラーではないが、7歳の時分から、貴賤年齢問わず、この手の海千山千を相手にしてきたので、確かに対処するのはお手の物だ。


そして、私は、目に見えないものが見え、感じられないはずの臭いをかぎ取れる体質だ。

全くの無宗教でリアリスト、ついでにいうなら自他ともに認める拝金主義者だが、この厄介な体質のおかげで、宗教だのなんだに勧誘されることが多く、はなはだ迷惑している。

そんな私が先日、『見た』ものを書こうと思う。


口裂け女、ふくわらい


防犯のため、私の自宅は絶対に教えないので、たいがい『クライアント』達とは、彼女たちの家の最寄りの喫茶店で会うようにしているのだが、

こうして至近距離でまじまじと顔を眺めると、つくづく「妖怪だな」と思う。

単純に、顔の造形による美醜の問題ではない。

顔を覆っているものが、崩れているのだ。

目、鼻、唇がぐちゃぐちゃに配置され、そのひとつひとつが命を持ったように、ぐにゃぐにゃと、みみずのようにうごめいている。

もしくは、笑うたびに、上がった口角がニィーっとこめかみまで裂けるのだ。

(私は、彼女に「ブラック・ダリア」というあだ名をつけた)

そして、笑おうが怒ろうが、陶器でできた能面として、微塵も顔の筋肉が動かない女。

彼女たちは、皆、口をそろえて言う。

「自分の顔が醜くて大嫌い、目も鼻も唇も、すべて整形したいんです」と。


道行く人は、あなたの鏡


彼女たちは珈琲をすすると、続ける。

「道を行く人たちから、侮蔑のまなざしを投げつけられ『傍に来るな、このブス』と罵られた」

「デパートのコスメ売り場に行ったら、カウンターのスタッフたちが私の顔を見て、指をさして『見てよ、あの醜い顔!』とげらげら笑っていた」

毎日、そんなことばかりで、自宅から数分の喫茶店を訪れる、今日の道中でも、道行く女子高生たちに、顔をかわるがわる覗き込まれ、悪しざまに笑われたと言う。

ーあら、朝のニュースでは、「○○さんが、世界一のブスとしてギネスに載りました」とは誰も言ってなかったけれど。

そう嫌味を言ってやりたいイライラを、ぐっと飲み込んで「それは、お気の毒に、大変でしたね」と言葉を返す。


本当の美しさとは

今更、彼女たちの肩を持つ気は無いが、どの女性も客観的に顔の造形を見れば、別にバランスは悪くない。

寧ろ、まあまあ美形と褒められるだろう人もいた。

しかし。

私の目の前にいるのは、まぎれもない妖怪だ。夜叉だ。

人の美しさで、顔の造形が占めるのは5割程度と見積もったほうがいい。

佇まい、品の良さ、思いやり、優しさ。温かさ。

そういったものが全身からにじみ出て、あなた自身というものを形作っている。

ならば逆も然りだ。

私は自宅に帰った後、髪や服に粗塩を振った。

家にまで妖気を持ち込むなんてとんでもない。

すでに、吐き気と頭痛で、家につくまでが一苦労だったのだ。

手弱女(たおやめ)に、こんな役目を背負わせるなんざ、全く、神様も、罪な奴である。



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