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二見くんの日々 15 百万年の鍾乳洞


雨降りの土曜日、鍾乳洞を訪れた。
鍾乳洞に来たのは人生で三度目ぐらいだろうか。
最後に来たのは小学生の頃だった気がする。

過去二回は父さんと母さん、それに姉さんと弟、妹、家族みんなで来たけれど、今回は友人だ。
もう父さんたちに見守られなくても、洞窟を探検できるようになったんだなぁと、ちょっとじんとした。

鍾乳洞の入口の手前には池がある。
一続きの池なのに、手前は透明で、奥は孔雀の羽色みたいな青。
友人が成分の違いで色が違っているんだと教えてくれた。
紫陽花の花の色や、雨と晴れの境界みたいな、唐突にすぐ隣が別世界になる、それが可視化される出来事は、「今ここに生きている」という実感を瑞々しく与えてくれる、と思う。

鍾乳洞の中に入る。
辺りの明度が急に下がり、大気が黒に染まる。
足下の石が濡れてつるつるする。
僕の運動神経ではすべっこけたときに華麗な受け身を取る自信がないから、手すりをがっちり掴んで進む。
友人はすいすい歩いて僕のことまで気遣ってくれる。さすがだ。

奥へ行くにつれ、鍾乳洞は色々な顔を見せる。

水に溶けた石灰分が沈殿して皿のようになった百枚皿は、一般的には石灰華段丘と呼ばれるそうだ。
象牙色の皿、もしくは華段は幾万年を超えて存在する舞台みたいで、
何千もの演者がこの水鏡にその顔面を映してきた場面がぶわっと一瞬目の前に立ち広がった。

ふと歩道から手すりの向こうを見ると、
眼下があまりに深くて、エルフが住んでいそうな硬質で煌びやかで精錬とした世界が広がっていた。現実でこんなはっきり異世界を見たのははじめてだ。

もう少し先に進むと天井から底へと水が流れている所があった。
雨の時だけ見られる光景らしい。
光に照らされたそれは龍みたいだと思った。

鍾乳洞の最奥あたりの壁は、巨大なアルマノカリスや三葉虫や全身モジャモジャのダイオウイカがぼこぼこ化石化して僕らを見下ろしているように見えて、ワクワクした。


長い長いトンネルを歩いていったん地上に出る。
最後の自動ドアから流れる電子音がクエスト達成時の音楽みたいで僕らは思わず顔を見合わせて吹き出した。

いったんひと休み。洞窟とは全く違う地上の軽く柔らかい空気を補給して、友人と再度自動ドアの前に立つ。

電子音にやっぱり笑いながら、同じ道を反対側から進んでいく。

さっき通ったところなのに、逆から見ると違う景色に出会えて面白い。

電灯が当たるところに植物が生えていて、その生命力に驚いた。種が人か動物にくっついてここまで来たのかな。


心身が慣れたのか、友人と笑い話をしながらだったからか、帰りは一瞬だった。

名残惜しいけれど、ゴールはすぐそこだ。

出口からは外の光が葉の緑色を伴って射し込んで、あまりに眩しくて目を細める。

雨が降っているはずなのに、こんなに陽の光って眩しいんだ。太陽が神々しいってこういうことなのかもしれない。

百万年の歴史の映画のエンディングにぴったりな美しい光景だった。





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月階柚
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