「暗殺のターゲットが元カノだった」第1話

【あらすじ】
 殺し屋・紅月うるはは、あるターゲットの暗殺を請けていた。ターゲットの名は『ブルースネーク』、うるはと同じ殺し屋。激闘の末、あと一歩のところまでターゲットを追い詰めたその時、うるはは信じられない光景を目にする。殺し屋『ブルースネーク』の正体はうるはのかつての恋人、蒼霧ミサだったのだ。ショックのあまりその場から逃げ出したうるはだったが、翌日に再びミサと出会ってしまう。しかし、ミサはうるはの事を全く覚えていなかった。何故なら、ミサと別れる事を決意したその日、うるははミサから自分に関する記憶の全てを消してしまったからである。
 一度は終わってしまった彼らの恋物語が、今再始動する!

【補足:キャラ紹介】

紅月あかつきうるは(コードネーム:レッドラビット)
:本作の主人公。殺し屋事務所『斬雨キリサメ』の若きエース。兎を想起させるつぶらな紅い瞳と毛先が白く染まった黒髪が特徴的。ミサとは中学卒業から高校卒業まで恋人関係だったが、彼女の大学合格を境に姿を消し、彼女のうるはに関する記憶も消している。
 得意武器は刃物全般。

蒼霧あおぎりミサ(コードネーム:ブルースネーク)
:本作のメインヒロイン。表は大学生として振る舞っているが、裏では殺し屋事務所『疾針トバリ』の若きエースとして活動。蛇のような縦長の瞳孔と、後ろに纏められた蒼一色の髪が特徴的りうるはの元カノだが、本人に当時付き合っていた頃の記憶は無く、うるはの事も一切覚えていない。
 が、再会と同時にうるはに一目惚れしてしまい、表ではクールを装うも裏ではめちゃくちゃデレている。
 得意武器は鎖。
※うるはに関する記憶のみが消えている為、それ以外の記憶は健在。

弾黄はじきことり(コードネーム:イエロースター)
:本作のヒロイン。うるはとミサの高校時代の後輩であり、女子高生として活動する傍ら、フリーの殺し屋としても活動している。ハーフアップの黄色い髪と、鳥の羽のような髪飾りが特徴的。

・ヴァイオレット
:うるはが所属する殺し屋事務所『斬雨キリサメ』の社長。元々は毒殺を得意とする殺し屋だが、薬剤師としての一面もあり、ミサの記憶を消す薬を作ったのも彼である。尚、体は男、心は乙女である。

・蒼霧アヤネ
:ミサが所属する殺し屋事務所『疾針トバリ』の社長にして、ミサの実の妹。大のシスコンでもあり、ミサの命を狙ったうるはを何よりも敵視している。

※以降、本編です

【プロローグ】

 スマホ画面に映し出される『0:00』と『7月15日』。

「今日で別れてからちょうど半年か……」

 返り血の浴びたスーツを身に纏い、真っ赤に染まった手でスマホを握り、暗闇に包まれた部屋に散乱する血と臓物……築き上げられた死体の山を背に、窓の外に浮かぶ月を眺めながら青年はどこか懐かしむように……。
 そして、寂しそうな顔を浮かべながら呟いた。

「ミサ、元気にしてるかな……」

【第一話】

 紅月うるはは殺し屋である。
 殺し屋斡旋事務所『斬雨キリサメ』所属、コードネーム『レッドラビット』。
 年齢18歳。
 12歳の誕生日に事務所の社長に拾われ、殺し屋歴は今年でもう七年目。
 今日も今日とて仕事殺しに励み、乾いた血でカピカピになったスーツと武器をキャリーケースに詰め、依頼達成の報告をメールする。
 あとは帰宅するのみとなったその直後、スマホに新たな着信が届き、うるははそのメール内容を確認した。

『るはきゅんおっつ〜♪ また新しい仕事入ったからパパッと殺っちゃってね〜!』
「軽いなー社長……」

 添付されたファイルを開き、うるははその1ページ目に記載されたターゲットの名前と遠くから撮影したと思われるぼやけた写真をチェックする。

「殺し屋『ブルースネーク』……』

 ――7月18日、23時00分。
 夜の雲が月を覆い隠し、一列に並ぶ街灯の明かりを一筋の影が過ぎ去った。
 無音の足音でターゲットが待つその場所へと向かいつつ、うるはは今回の仕事に対する愚痴を零す。

「まさか同業者を相手にする時が来るなんてな……」

 暗殺のターゲットとして多いのは財界の人間や政治家、反社会的勢力など。
 基本的に依頼主にとって不都合な存在や、個人的恨みを買った者がほとんどだ。
 一方で、殺し屋がターゲットに選ばれる事は滅多にない。懸賞金が懸かっていれば話は別だが、この『ブルースネーク』という殺し屋は対象外のようだった。
 書類にまとめられた情報によれば、殺し屋歴はうるはと同じ七年目。
 性別は女性であり、年齢もうるはと同年代と思われる。

「ここか……」

 とあるマンションの前で足を止め、うるははその外観に眼を遣りつつ脳内で情報を整理していく。
 このマンションは10階建。しかし8階以上の部屋にはたった一人しか住んでいない。
 そして、そのたった一人こそが今回のターゲット、殺し屋『ブルースネーク』だ。

「ターゲットは1003号室か……。でも明かりは点いていない。もう寝ちゃったかな?」

 マンションを見上げると、1階から7階には点灯している部屋がちらほらと見受けられたが、それより上の階はいずれも真っ暗だ。
 無論、ブルースネークが住んでいるとされている部屋も例外ではない。
 既に眠ってしまったか。それともただ外出してしまっているのか。
 前者ならこのまま突入するが、後者だとせっかく来たのが無駄になってしまう。
 いや、いっそ部屋に忍び込み、家主が帰ってきたところを襲おうか。

(うん、そうしよう! 悩む必要なんて無い。最初から突入一択だ。得物は充分。侵入方法はいつも通りとして、あとはどうやって戦うか……)

 うるははその場に立ち尽くし、腕を組みながら考えに耽てしまう。
 周りに人が居なくてよかった。特に帰ろうとする素振りも見せず、マンションの前でスーツ姿の男が一人ポツリと立っている姿は普通に不審に見られてもおかしくない。
 なのにどうして、さっきからヒリヒリとした視線を感じるんだろう。

(…………視線?)

 ――バコンッ!

 突如、破壊音と共に目の前のアスファルトの地面に直径5cm以下の黒い穴が出現する。
 目の前とは言ったが、正確にはほんの数秒前まで自分の立っていた地点である。

「っぶなー……! マジで玉ヒュンした……」

 うるははその黒い穴からマンション10階のとあるベランダに目線を移すと、一瞬ではあったが人影と一緒に何やら黒い筒のような物がこちらに向けられているのが見えた。
 夜空と距離のせいで正確に納める事は出来なかったが間違いない。
 あれは――狙撃銃だ。

「とりあえず、部屋に居る事は確定だな」

 しかし狙撃とは驚いた。まるで殺し屋うるはがやって来るのを分かっていたみたいじゃないか。
 どこかから情報が漏れた? ……いや、今更考えたってしょうがない。
 どうやら向こうも大人しく殺られるつもりは無いみたいだ。
 戦闘は避けられない。それが向こうからの返事なのだから。

「まあでも、容赦が無いのは嫌いじゃないかな」

「――躱された……。中々やるようね」

 狙撃銃を引っ込めると、女はすかさずベランダを後にする。
 最早狙撃の意味は無い。元々不意打ち用に用意していた物であり、初撃を躱された時点でもうこれは彼に通用しない。
 向こうはこちらの位置を知っているし、今の狙撃でこちらの存在にも気付いている。

「迎え撃つしかないかしら」

 部屋に戻るなり、女は狙撃銃をその辺へ適当に投げ捨てると、耳に付けていたインカムから少女の声が流れてきた。

『姉様! ご無事ですか!?』
「うん、大丈夫。ホントに来たね、怪しい人。アヤネの言ってた通りだった」
『やっぱり……! 最近姉様を付け回してる奴等が居たので、もしかしたらと思っていたんですが』
「アヤネが居てくれてよかった。ありがと」
『そ、そんな! 姉様の為ならアタシは……』
「そろそろ切るね。セキュリティの用意、お願い」
『ハ、ハイ! ご武運を……』

 通話を切るなり、女はパソコンでマンションに設置された監視カメラの映像をチェックする。
 今回のようにいつ襲撃に遭っても迎撃出来るよう、カメラには事前に改造を施しているのだ。
 件の襲撃者がこちらへ向かってくるには、エレベーターか階段のどちらかを利用する必要がある。

(どっちを通ってもネネが用意してくれたセキュリティトラップが必ず発動する……。向こうがそれに掛かるか監視しつつ支度しよう)

 そう思いながら、女は床に散らばったゴミを足でかき分け、乱雑に置かれた武器達から使い慣れた得物を選び、装備していった――その時だった。

 ――バリンッ!

 突如、ガラスの割れたような音が背後から聞こえてきた。

「!?」

 咄嗟に振り向くと、舞い落ちるガラス破片を突っ切りながら黒い影が猛スピードでこちらに近付き……。
 甲高い金属音が部屋を覆い尽くした。

「ここ、一応10階なんだけれど」
「奇襲ってヤツは、相手が最も想定出来ないルートを通っていくもんだよ」
「それもそうね」

 視界の中で二つの刃が交差する。
 反射的にナイフを構えた事で、女がうるはの一閃を受け止めたのだ。
 柄を握る拳越しに、両者の視線がかち合う。

「ブルースネークよ」
「レッドラビットだ」

 簡単に自己紹介を挟み、両者は一旦距離を取る。
 すかさずブルースネークが銃を構え発砲を繰り出すが、室内を縦横無尽に駆け回る事でうるはは銃弾を悉く回避していった。

きったないなー! 足の踏み場も無いじゃんか!」
「私の部屋なんだから、私の好きにしていいでしょう」
「そのセリフ、なーんか前にも聞いた事ある気がするなー……」

 戦場がゴミ屋敷である事に苦言を呈すうるは。
 埃と一緒に舞い上がるお菓子の空箱をキャッチするなり、そのパッケージを見て呆れたようにため息を吐く。

「うわっ、しかもきのこ派……。あんまいい趣味とは言えないね」
「そういうアナタはひょっとしてたけのこ派? そっちこそあまりいい趣味とは言えないわね」
「おっと、今たけのこを侮辱したな? いいだろう、この『きのこ殲滅協会』会長である僕が、キミを直々に処刑してやろうじゃないか」
「こっちこそ、『たけのこ撲滅協会』会長である私が、アナタを極刑に処してあげる」

 そう言うと、ブルースネークはジャラジャラという音を出し、うるはも警戒の姿勢を取ろうとしたその時だった。

「おわっ!?」

 床に転がっていた空き缶を踏み、思いっ切り体勢を崩してしまう。
 それを見逃すブルースネークではなく、うるはに左手を伸ばすと同時に袖から伸びた鎖が彼の体を拘束した。

「終わりね」
「いやいや、流石にこんなギャグみたいな幕引きは無いっしょ!」

 逃げられないと悟るや否や、うるはは敢えて距離を詰める事で鎖を緩めようと動く。
 勝ちを確信した事で油断をしたブルースネークは一瞬動揺し、再び発砲を試みるも手にしていた銃を蹴飛ばされ、右手が完全に空いてしまう。
 それと同時に鎖が僅かに緩み、うるはが瞬時に拘束から抜け出すや否や、ターゲットの懐へと詰め寄り……。

「しまっ……」
「終わりだ」

 首に向かってナイフを一閃させようとした……その矢先だった。
 月がようやく雲から顔を覗かせ、月光が二人の姿を照らす。
 共に互いの顔がハッキリと視認出来たその時、うるはの凶刃があと数ミリでブルースネークの首筋に触れるところで停止した。
 完全に死を覚悟していたブルースネークは何が起こったのか分からず、閉じていた瞳をうるはの方へと向けると……。

「そんな……どうして……」

 何故か額を脂汗でビッタシにし、眼を丸くしながら顔面を蒼白させているうるは。
 手元からナイフが零れ落ち、よろよろと崩れるように後退りながら。

「ミサ……」
「え?」

 その名を呟いた。

 ――7月19日、10時00分。
 北海道・旭川市に聳え立つ小さなオフィスビルに、大人達の元気な挨拶が響き渡る。

「おはようございます!」
「おっは〜」
「おはようございます、社長!」

 黒いスーツの大人達に手を振りまきながら、キャバ嬢のような派手なドレスを身に纏い、カツンカツンとヒールの足音を奏でる男。
 彼の名はミス・ヴァイオレット。株式会社斬雨キリサメプロダクション・代表取締役にして、うるはを拾い、殺しの技術を教えた師匠せんせいである。

「さて、今日も一日頑張りますか!」

 社長室の前まで辿り着き、ドアノブに手を掛け扉を開いたその時。
 部屋の床でうつ伏せに倒れ、負のオーラを全開に発したうるはが出迎えてきた。

「ホワーーーーーーッ!」

 衝撃のあまり、一拍間を置いてから目の前の光景に絶叫するヴァイオレット。
 それがうるはだと分かるや否や、すぐさま彼の元へと駆けつけ声を掛ける。

「どどどどったのるはきゅん! なんか今にも死にそうになってるけど!?」
「あ、社長……。おはようございます」
「うん、おはよう……って、挨拶してる場合じゃないわよ! なんか仕事で辛い事でもあった? ターゲットが昔一緒に仕事したお友達だったとか?」

 上体を起こしてやり、何度も揺らしながらヴァイオレットが必死に問い掛けると、うるはは消え入るような声で。

「カノでした……」
「へ?」
「暗殺のダーゲット……元カノでした」
「Oh……」

 想像の遥か上をゆく返答に、思わず言葉を失ってしまうヴァイオレットであった。
 ひとまずうるはをソファーに座らせ、コーヒーの淹れたカップをテーブルに置いてから対面に座ると、ヴァイオレットは詳しい内容を聞いていった。

「元カノって……ひょっとしてミサちゃん?」
「ハイ……」
「見間違いとかじゃなく?」
「ええ、髪色とかは変わってましたけど、僕がアイツの顔を見間違う筈ありません」
「そっか。そうよね……。マジかー……」

 天井を仰ぎ、現状を重く受け止めるヴァイオレット。

(確かるはきゅんのターゲットってブルースネークだったわよね。そっか、あの子が……)

 コーヒーを口に含みながら、ヴァイオレットは半年前にうるはが連れてきた女性の顔を思い出す。
 彼と同じ高校の制服を身に纏い、彼の両腕に抱えられすやすやと眠っている彼女の顔を。
 その寝顔を見つめながら、悲しそうに微笑むうるはの姿を。

「とりあえず、依頼主の方にはなんとかキャンセル出来ないか頼んでみるから、アナタはもう休みなさい」
「ハイ……」

 公私を混同させてはいけないと理解しているが、事情を知っている分非情になれないヴァイオレットは彼に仕事を続けさせてはいけないと判断し、うるはに帰宅を勧める。
 言われた通りにうるはも社長室を後にし、事務所のビルを出て帰路に着こうとしたその道中。

「待ちなさい」

 突然声を掛けられ、うるはは背後へと振り返ると。

「昨夜ぶりね」

 蒼く染められたポニーテールを靡かせ、漆黒のノースリーブワンピースを纏った美女が、蛇のような鋭い双眸で見詰めていた。
 一拍の静寂が二人を包み込む。
 目を丸くし、言葉を失ったうるははそのままフイッと顔を逸らした。

「どうして目を逸らすのかしら?」
「……どちら様で?」
「とぼけないでちょうだい。急にうちを襲ってきた挙句、勝手に帰っていった分際で」

 淡々と迫り寄ってくる美女に、うるはは脂汗をかきながら頑なに顔を逸らし続ける。
 間違いない。間違いであって欲しかったが、間違いない。
 何度も見た顔、何度も聞いた声。
 夢なんかじゃない、ミサだ。
 ターゲットの殺し屋にして、うるはの元カノ……。
 蒼霧ミサが今目の前に立っているのだ。

「いい加減こっちを向きなさい。そんなんじゃ私が襲い掛かってきても対処出来ないでしょ。まあ、人目の多いこんな場所じゃ、そんな事出来ないけど」
「じゃあなんでこんなに近付いてくるんすか?」
「顔を脳裏に焼き付ける為よ。私を襲ってきた不埒者を生涯忘れない為にね」
「困るな〜……」

 そう、困るのだ。本当に困るのだ。
 彼女にうるはを覚えられる事は、思い出される事は……。
 何故なら、かつてうるはの恋人だった彼女は、うるはに関する記憶を――うるはの顔、名前、一緒に過ごしてきた時間、その全てを失っているから。

 場所を移し、二人は近くの喫茶店に寄る事にした。
 
「ミサさんミサさん」
「何かしら?」
「向かいの席が空いておりますが」
「気にしないで。ここでいいから」

 店員にテーブル席へ案内されるや否や、何故かうるはの隣に着席してきたミサ。
 適当に注文を済ませた後も側を離れる事はなく、ジッとうるはの横顔を見続けている。

「気にしないでと言われても……。っていうか、何で僕の居場所が?」
「後を付けてきたのよ。アナタが突然逃げ出してからずっとね。というか、何で私の名前……」
「ああいや、その……依頼文にコードネームと一緒にキミの本名も載ってたんだよ」

「そう」という返事と共にふあ〜っと欠伸をするミサ。
 部屋を逃げ出してからずっとという事は、自分が事務所から出てくるまでの間も外で待ち伏せていたのだろう。

(まあ、自分の命を狙ってきたんだし、素性を知る為尾行してきても不思議じゃないか……)

 うるはが自身の考察に納得する一方で、その横顔を至近距離でマジマジと見ていたミサはというと……。

(ああ……どうしよう)

 ウサギの如くつぶらな紅い瞳に、毛先が白く染まった髪。
 中性的な顔立ちに雪の様な白い肌。
 紅月うるはを構成するその一つ一つを全て注視し、思わずそのセリフが零れないよう口元を手で蓋をしながら。

(運命の人……きちゃああああああああああ!!)

 心の中で喚叫していた。
 改めて説明するが、ミサはうるはの事をこれっぽっちも覚えていない。
 彼女はあの時、月明かりに照らされた彼の顔に一目惚れしてしまったのだ。

(ヤッバ、ドストライクなんだけど。ストライクゾーンど真ん中に160キロのストレート投げ込まれたんだけど)
「名前は?」
「レッドラビット」
「コードネームじゃなくて」
「……秘密で」
「趣味は?」
「読者」
「好きな食べ物は?」
「たけのこ◯里」
「奇遇ね、私もよ」
「きのこ派じゃなかったっけ?」
「たった今たけのこ派に仲間入りしたわ」
「何故!?」

 たけのこ撲滅協会会長の肩書きは何処へやら。
 あっさりと鞍替えしたミサに、うるはは思わずツッコミしてしまうと。

「さっきからめちゃくちゃどうでもいい質問してくるけどさ……。いいの? 僕の依頼主が誰なのか訊かなくても……」
「訊いたって答えてくれないでしょ」
「まあ、ね……」

 業界のルールで守秘義務があるといえ、誰が自分の命を狙っているのか知りたくない人間はそう居ないだろう。
 とはいえ、このまま現状を放置しておく訳にもいかない。
 ちょうどスマホに着信が鳴り、届いたメールを確認する。
 そこには案の定というか、ヴァイオレットから『キャンセルは難しい』という文面が送られていた。

(やるしかないか……)

 うるはが決意を固めると同時に、二人のもとに注文したコーヒーが提供される。
 ミサが先に口に運ぶと、なんとも苦悶な表情を浮かべていた。
 それを横目に、うるははやれやれといった顔付きで彼女のコーヒーにスティックシュガーを淹れてやり……。

「苦手なくせに大人ぶってブラック飲む癖、まだ治ってなかったんだ」
「なんでアナタがそんな事を……?」
「さあ、何でだろうね」

 微笑むと共に自身もコーヒーを一口運び、その返答に首を傾げつつもミサも一緒にコーヒーを口に入れる。
 その直後、カシャンという音が店内に響き渡った。
 テーブルの上は真っ黒に染まり、重くなった頭をミサが必死に押さえる。

「なに……これ」

 朦朧とする意識の中、ミサはようやく気付く。
 テーブルに設置されたスティックシュガーが一本も減っていなかった事に。

「ごめんね」

 隣から謝罪の声が聞こえてくる。
 うるはの悲しそうな顔にどんどん靄が掛かっていった。

「レッド……ラビッ……――」
 
 その名前を言い切る前に、ミサの意識はそこで途絶えた。

 その日の夜、うるはは大きな手提げバッグを片手に、単身である倉庫に足を運んでいた。
 シャッターが開くと同時に、数十人の大人達がうるはを出迎える。

「ブルースネークの首です」
「ご苦労」

 うるはがバッグを手渡すと、それを受け取った老人はいかにも不敵な笑みを浮かべながら。

「フフ、これで我が組織もようやく新たな一歩を踏み出せる」
「殺し屋の首を所望だなんて、一体何に使うんです?」
「勿論、腐らぬよう丁寧に保存し、私の部屋に飾るのだ。組織を壊滅に導いたこの女を、今度は組織復興のシンボルとして掲げる為にな」
「組織を壊滅ですか。そんな事されるくらい怒りを買うだなんて、一体何をしたんです?」
「依頼をしただけだよ。今回みたく、殺し屋殺しの依頼をな。だがそのターゲットが気に入らなかったのか、コイツは我々に牙を剥いてきたのだ」
「へえ〜、その時は一体誰を狙ってたんです?」

 なんとなしにうるはがそう訊ねると、バッグを側に控えていた男達に預けた老人はニヤリと笑みを浮かべ。

「お前だよ、レッドラビット」

 その返事と共に、老人とバッグを持った人間を除く全ての男達が、一斉にうるはに銃口を向けた。

「一応理由を訊いても?」
「この世界に表と裏があるように、裏世界にもまた更に表と裏があるという事だよ。あの御方が、お前達の首をご所望としているのだ。大人しく差し出せば、楽に殺してやるぞ」
「成程……」

 その答えを聞き、うるはは全てを悟った。

(キミは気付いていたんだな。僕の事を、最初っから。それなのに僕は……)

 クスッと笑ううるは。
 その様子に不審な感情を抱いた老人は「何を笑っている!」と問い掛けると。

「別に。ただ、趣味も好きな食べ物も全く違うのに、こういう時に考える事は一緒なんだなと思って」
「? どういう意味だ!」

 老人達の疑問が更に深まったその時、バッグを受け取った男がその中身を確認しようとジッパーを開いたその瞬間。
 爆音と閃光が倉庫中を包み込んだ。
 天井が崩れ、黒煙と砂塵が辺り一帯を支配する。

「クソッ、謀ったな!」

 なんとか爆発を逃れた男達が銃器を構え、うるはを撃ち殺そうと試みる。
 そんな彼らを迎撃しようと、うるはもまたナイフを両手に握り、黒煙の中へと駆け出した。
 飛び交う銃声と舞い上がる鮮血の中、双刃を振るいながらうるははミサの事を思い出してしまう。
 三年前、高校一年生の頃だった。
 まだ付き合いたてだったある日、全身に包帯やガーゼ、絆創膏を貼っていた彼女にうるはは『何があった』と問い掛けた。
 その問いに対し、彼女は『トラックに轢かれた』と言っていたが、絶対に嘘だという確信がうるはにはあった。
 だが、一体何を隠す為の嘘なのか。当時のうるはにはそれだけが分からなかった。
 でも、今ようやく分かった。

 うるはを守る為に。恋人を守る為に、彼女は戦っていたのだ。

(それなのに、僕はなんて事を……)

 浅はかな人間だと思う。
 彼女を自分から遠ざける為に、彼女の平和を守る為に、自分は彼女の記憶を奪った。
 それが彼女の幸せにならないと分かった上で、うるははその選択をした。
 その筈なのに、うるはは危うく彼女の命まで奪うところだった。
 許せない。許せない。
 コイツらも、コイツらに依頼した奴も、コイツらに踊らされていた自分も。
 全部が許せない!
 怒りのままに戦場を駆け、刃を振るい続けるうるは。
 しかし、パンッという音と共に体勢が崩れる。
 右の太腿が熱い。

「ヤバっ……」

 動きが止まった事で、周囲を囲む男達が改めて一斉に銃口を向けていった。
 終わりだ。この場に居る誰もがそう悟った次の時。
 一本の鎖が男達の持つ銃を同時に薙ぎ払い、ジャラジャラという金属音と共にうるはの視界を蒼い髪が覆った。

「ホント、勝手な人なのね。アナタって」

 突然現れるなり、蛇のような鋭い瞳で煤塗れになったうるはの顔を睨むミサ。

(よかったああああああああ! 生きてた! 間に合った! あっ、でも太腿から血出してる! 大変、急いで治療しなきゃ!)
「ミ、ミサ!? どうして……、社長のとこに預けた筈じゃ……」
「その社長さんが、アナタがここに居るって教えてくれたのよ。まったく、いきなり人を眠らせて、知らない人の所へ拉致するだなんて……。変なとこ触っていないでしょうね?」
「さ、触る訳ないだろ!」
「触りなさいよ!」
「何でだよ!?」

 思わずツッコんでしまううるは。
 その間にも敵の男達は慌てて銃を拾い集め、反撃を試みようとするが。

「とりあえず、この連中を片付ければいいのかしら?」
「うん。でも、ここは僕が……」
「片足撃たれておいて何強がってるの?」

 その様子を前にミサは全く動じる事なく、両腕の袖から伸びる鎖を構えながら。

「いいからここは頼りなさい。私もアナタを助けたいし、アナタに頼られたいの」

 その掛けられた言葉に、うるはは思わずクスッと笑って。

「そのセリフ、なーんか前にも聞いた事ある気がするなー……」

 ミサと背中を合わせるように後方へ向き、再び両手のナイフを強く握り締めて……。

「助けてくれる?」
「勿論」

 その返答と同時に、二人は敵陣へと駆け出した。 

 ――7月20日、11時00分。

「昨夜ぶりね」
「ミサ」

 見事組織を迎撃した二人は、昨日と同じ喫茶店で偶然再会していた。

「隣、いいかしら?」
「向かいの席が空いておりますが」
「隣、いいかしら?」
「……どうぞ」

 うるはは諦めて右横に一人分のスペースを空けると、そこに流れるようにミサも着席する。
 同じようにまたコーヒーを注文し、待ってる間にミサはうるはに質問をした。

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」
「? 教えたじゃん」
「またとぼけるつもり? いい加減本名を教えて欲しいのだけど。私だけ勝手に知られているのは不公平だと思わない?」

 そう言われ、うるはは再び困った顔をしてしまう。
 しばらく悩んだ後、

「確かに、こういう場所でコードネームを呼ばれるのも困るか」
「でしょ?」

 バレない程度にシャア! とガッツポーズを取るミサ。

「んじゃ改めて……」

 一つ咳払いを挟んだ後、うるは正面からミサの方へと顔を向け。

「紅月卯流刃。紅い月、うさぎ年のに流れる刃で『うるは』だよ」
「蒼霧巳鎖。蒼い霧、へび年のに鎖で『ミサ』よ」

 もう一度、互いに自己紹介をした。

「だから知ってるって。何でそっちも自己紹介してんの?」
「一応礼儀と思って。うるは、ねぇ……。なんだか女の子みたい」
「文句は名付け親にどうぞ」
「あら、文句なんて無いわよ。可愛らしくて素敵な名前。漢字は可愛くないけど」
「うっせ」

 ウフフと笑みを浮かべるミサ。
 半年ぶりに真正面から見る彼女の笑顔に、思わずうるはの頬も緩んでしまう。
 久し振りに味わう二人だけの和やかな時間。
 そこに飛び込む、一通の通知。
 ミサのスマホ画面がポケットの中で密かに光りだす。
 件名は暗殺。
 ターゲットは殺し屋――レッドラビット。

♦︎第2話以降の記事リンク

・第2話
https://editor.note.com/notes/ne2420d0e0862/edit

・第3話
https://editor.note.com/notes/nff9df29fc425/edit

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