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障がい者福祉の進化:保護から自立・共生社会への転換

近年の障がい者福祉の考え方は、単に障がい者を支援するという従来のアプローチから、より包括的で個人の尊厳や社会参加を重視する方向へと大きく変化しています。この変化は、障がいを持つ人々が社会の一員として自立し、社会に貢献する存在であるという認識に基づいています。また、障がい者福祉は、単なる施しではなく、社会全体での共生を目指すべきだという価値観が広がっています。この説明では、障がい者福祉の考え方の歴史的な背景や、その変化をもたらした要因、そして今後の課題について詳しく掘り下げていきます。


1. 歴史的背景:保護から自立へ

障がい者福祉の考え方は、過去数十年にわたって大きな転換を遂げてきました。特に、20世紀の前半においては、障がい者はしばしば「保護」の対象とされ、社会から隔離されたり、特定の施設に収容されることが一般的でした。この時期には、障がいを持つ人々は自分で何かを行う力がないと見なされ、彼らを保護し支えることが社会の役割と考えられていました。このアプローチは、障がいを「個人の問題」と捉えるものであり、障がい者が社会の中で役割を果たすことを期待していなかった時代の価値観に基づいていました。

しかし、1960年代から70年代にかけて、福祉の考え方に大きな変化が訪れます。この時期、特に西欧諸国では、障がいを持つ人々の権利擁護運動が活発化し、障がい者も社会の一員として自立し、平等な権利を持つべきだという認識が広がっていきました。この時期に登場した「ノーマライゼーション」という理念は、障がい者が健常者と同じように社会で生活することを目指すものであり、福祉の世界に革命的な変化をもたらしました。

2. 障がい者福祉の考え方の転換

近年では、「ノーマライゼーション」を基礎としつつ、さらに進んだ「インクルーシブ」なアプローチが主流となっています。この考え方の核心は、障がい者を「支援される存在」としてだけでなく、社会の積極的な参加者として捉えることです。以下に、障がい者福祉の考え方の転換を具体的に説明します。

2.1 障がいの社会モデル

従来の「医療モデル」では、障がいは個人の欠陥や異常とされ、その治療や矯正が主な課題とされていました。しかし、1980年代以降、「社会モデル」という新たなアプローチが登場しました。このモデルは、障がいを持つ人々が社会に適応できないのではなく、社会が障がい者にとって不適切な環境や制度を作っているという視点に立っています。

この「社会モデル」では、障がいは個人の特性ではなく、社会的な障壁や偏見、アクセスの欠如が問題であると考えます。たとえば、車椅子ユーザーが建物に入れないのは、彼らが「歩けない」からではなく、建物が車椅子に対応していないからだという考え方です。この視点の変化により、障がい者福祉の目的は、障がい者を「治す」ことから、社会全体が障がい者を受け入れやすい環境を整えることへとシフトしました。

2.2 自立支援と個別支援

近年の障がい者福祉政策の中心的なテーマの一つに「自立支援」があります。この概念は、障がい者が自らの意思で生活を選択し、可能な限り自立した生活を送ることを目指しています。自立支援の考え方は、障がい者が単に「支援される」存在ではなく、自らの人生をコントロールし、社会に参加する権利があるという認識に基づいています。

この自立支援を実現するためには、個々の障がい者に合わせた「個別支援」が必要とされます。障がいは多様であり、各個人のニーズも異なるため、画一的な支援では不十分です。近年、福祉サービスの提供方法が個別化され、障がい者一人ひとりの能力や希望に応じたサポートが行われるようになりました。これにより、障がい者はより自由に、自分の生活やキャリアを選択できるようになっています。

3. 権利擁護と法的枠組みの強化

障がい者福祉の考え方の変化には、国際的な動きや法的な枠組みも大きく影響しています。特に、2006年に国連で採択された「障害者権利条約」は、障がい者の権利を国際的に保障する大きな転機となりました。この条約は、障がい者が健常者と平等に権利を享受できるよう、各国に対して法整備や政策の見直しを求めています。

3.1 障害者権利条約

障害者権利条約は、障がい者の人権を明確に保障するものであり、以下のような権利を掲げています。

  • 社会参加の権利:障がい者が社会に積極的に参加し、仕事や教育、文化的な活動において差別されないこと。

  • 平等な機会の提供:障がい者が健常者と同じ機会を享受できるように、環境の整備や支援を行うこと。

  • 差別の禁止:障がいを理由としたあらゆる差別が禁止され、法的保護が与えられること。

この条約は、各国での障がい者福祉の考え方や制度に大きな影響を与え、多くの国で障がい者の権利保護が強化されるきっかけとなりました。

3.2 日本における法制度の整備

日本でも、障がい者の権利保護に関する法制度が大きく進展しています。2013年には「障害者差別解消法」が施行され、障がい者に対する差別を禁止するとともに、合理的配慮を求める規定が導入されました。この法律は、障がい者が日常生活や仕事で困難を感じた際に、必要な配慮や支援を受ける権利を保障しています。

また、2016年には「障害者基本法」の改正が行われ、障がい者福祉の理念として「共生社会」の実現が掲げられました。これにより、障がい者が社会の中で自立して生活できる環境を整えることが、政策の重要な課題とされています。

4. インクルーシブ社会の実現に向けた課題

障がい者福祉の考え方は大きく進化し、インクルーシブ社会の実現が目指されていますが、依然として多くの課題が残されています。

4.1 環境整備の遅れ

障がい者が社会に参加するためには、物理的・社会的なバリアを取り除く必要があります。しかし、バリアフリー化やアクセシビリティの向上はまだ十分ではありません。公共施設や交通機関のバリアフリー化は進んでいますが、民間の施設や職場環境においては改善の余地が多く残されています。

4.2 就労支援の強化

障がい者の自立を支えるためには、就労の機会が重要です。しかし、障がい者の就労支援はまだ不十分であり、特に重度の障がいを持つ人々の就職率は低いままです。就労支援の強化や、企業に対するインセンティブの提供が今後の課題です。

4.3 社会的意識の向上

障がい者福祉が進展する中で、社会全体の意識改革も必要です。障がい者に対する偏見や誤解が根強く残っているため、障がい者が真の意味で社会に溶け込むには、教育や啓発活動が不可欠です。学校や職場でのインクルージョン教育が進められることで、次世代がより共生社会の実現に向けて前進することが期待されています。

結論

近年の障がい者福祉の考え方は、単なる「保護」や「支援」を超えて、障がい者が社会の中で自立し、尊厳を持って生活できる環境を整えることを目指す方向へと大きくシフトしています。「ノーマライゼーション」や「インクルージョン」といった理念のもと、障がい者の権利が強化され、社会全体でのバリアフリー化が進んでいます。しかし、インクルーシブ社会の実現には、法制度のさらなる充実や社会的意識の改革、環境整備の進展が不可欠です。


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