自己紹介(grazie212)
私は誰?(# whoami)
1995年広島生まれ、親の転勤もあり福岡にも7年ほど住んでいました。
小学校から高校まで野球をしてました。愛媛の大学に入学して、就職とともに上京してIT関連の会社に就職。現在は1児の父です。
ちょっと詳しく
自分のことを書くのは少し恥ずかしいですが、つらつらと
幼少期
果物大好きで、標準体重から大幅に上振れしていたそうです。小さい頃は電車を見に行くのが大好きで、お母さんに踏み切りによく連れて行ってもらっていました。
少し遠い親戚に年の離れた三姉妹がいて、おばあちゃんの家に遊びに行ったときによく遊んでもらっていたのを覚えています。いつも車のおもちゃを買ってもらっていました。うれしかったなあ~
幼稚園の頃の記憶はほとんどなくなっていますが、よく一緒に遊んでいた友達は今でも覚えています。
小学生
小学校低学年のころ、小児てんかんになりました。
ふらっと意識が飛んでいた(そうです・・・詳細はほとんど覚えていない・・・)
ここから中学校卒業するまで、毎日お薬のんで定期的に脳波検査をしていました。両親は相当心配していたと聞いています。
小学校1年~4年生のころは習い事でサッカーをしていました。、、、がそもそもガツガツしていなかったので、ほかのプレイヤーが来るとよけてました。そんなんじゃボールとれないですね。
見かねた両親が、ソフトボールをやってみたらということで、小学校5年からソフトボールのクラブチームに入りました。野球はチームプレーですが、一つ一つプレーが区切られて、打席に入るとピッチャーとバッターの1対1です(キャッチャーとの駆け引きなどもありますが・・)。
チームメンバーにも恵まれ、県内でもそこそこ強いチームで、引退時にはチームメンバーに一人一つずつ大会のトロフィーや盾を配れるほど勝てていました。2年間でしたが楽しかったです。すっかり野球のとりこになっていました。
中学生
校区内の公立中学校に入学。
中学校では野球部に入りました。・・・が同学年の部員が40人近くおり、レギュラーが程遠かったです。学年で背が前から3番目、、、と体格も恵まれず、野球で記憶に残る出来事はほとんどありませんでした。
お勉強もそこそこに、定期テストの点数で友人と勝った負けたと一喜一憂していました。
みんなで家に集まってゲームしたり、バリカンもって坊主刈りにしあいっこしたり、ほんとにワイワイ楽しく過ごせたなと思っています。
高校
親の転勤で広島の公立高校に入学。
どちらかといえば進学校と呼ばれる学校でした。友達ゼロからのスタートでしたが、仲のいい友達もできて楽しく過ごせました。
高校でも、野球部に入りました。中学校の時のように人が多すぎてチャンスすらないという状態ではなかったので、やる気に満ちあふれていたと思います。毎日素振りしたり走ったりトレーニングをしていました。朝から晩まで同じグラウンドで時間を過ごした仲間とは、今でもつながりがあります。一緒に同じ時を同じ場所で過ごすということは、つながりを強くするなと感じています。
勉学では、数字には強かったので数学だけはできていました。あとの科目は野球の練習時間に反比例して点数が下がっていきました。特に国語の古典はやる意義を理解できずに諦めモードでした。できるわけないですよね。
今振り返ってみると、昼休みにバスケしたり、文化祭で告白したり、彼女に野球の試合を応援してもらったり、なんか学生っぽいイベントもこなせた感じがします。
部活引退した後は、半年間受験勉強を頑張りました。
第一志望ではなかったですが、国立大学に合格することができました。
大学編に続きます。
大学生
大学のころの記憶は今でも沢山あります。おそらくスマホを持ちはじめて、写真がたくさん残っていること、自分で決めて行動することが増えたこと、この2点からかなと推測してます。
大学生の時の大きなトピックは3つあります。「アルバイト、お酒、旅行」です。
まずはアルバイトについて、4年間の中でバリエーション豊かにできたかなという感想です。そこで色々な人と出会えたのはいい経験だったと思います。下記のアルバイトをしました。
(派遣)ブライダルスタッフ
(派遣)ホテルスタッフ
(派遣)旅館の朝食スタッフ
ビアガーデン
居酒屋
(派遣)音楽ライブスタッフ
くもんの先生
派遣会社には時給に惹かれて登録しました。色々なアルバイトをさせてもらえましたので、結果的には良かったかなと思っています。特に、ブライダルスタッフのバイトは3年ほど続けたのですが、自分の結婚式でも少し役に立ったのでよかったなと思っています。
ビアガーデンは学生バイトが多くて、みんなでワイワイできました。
居酒屋ではオープニングスタッフで入り2年以上働きました。料理をもともとやっていなかったのですが、食材の仕込みを担当することが多く2年もやっていると包丁さばきが様になりました(笑)今でも自宅で食材の仕込みをやっています。
くもんの先生は頭の体操にもってこいです。
2つ目はお酒について、親友とよくお世話になっていた居酒屋がありまして、そこの大将と常連さんに色々と教えてもらっていました。
日本酒が好きです。
常連さんには計算して作られた美味しい日本酒である「獺祭」を浴びるように飲ませていただきました。
大将さんには、一緒に試飲会に連れて行ってもらうこともありました。
一人で居酒屋に行き始めたのもこの時期からです。
※カウンターで20歳そこそこの人が日本酒をしっぽり飲んでると、もれなくおじさんが声かけてくれました。
3つ目は旅行です。旅行といっても、色々なパターンの旅行がありました。
一人旅
パートナーとの旅行
友人との旅行
ロードバイクで10泊11日の一人旅をしました。真夏に一日100km程度ずつ走りました。初めて出会う人と一緒に走ったり、一期一会の旅ができたかなと思います。大学生の夏休みで時間があるからこそできたことかなと思いますし、やっておいてよかったなと思っています。
パートナーとの旅行は北海道から沖縄までいろいろな場所に行きました。美味しいごはんを求めて旅していました。社会人になっても色々な場所に行ってます。
友人との旅行では、グループで行くならではの楽しさがありました。バイト仲間や学科のグループ、サークルのグループなどそれぞれ友達の雰囲気も違うので、みんな違ってみんな楽しいって感じでした。
社会人1~3年目
新卒でIT企業に入社しました。
はじめの数か月は研修で、社会人の基本やITスキルなどを学びました。
研修を終えた後は、某保険会社に常駐してインフラエンジニアとして日々頑張っていました。
プロジェクトのメンバーは異なる会社の方もいましたが、関係は良好でよく飲みに行っていました。プロジェクトを離任した後でも良くしていただけている方もいて本当に感謝しています。
担当しているシステムは小規模なものでしたが、ハードウェアからミドルウェアまでインフラ全体を見ることができた経験は今でも生きていると思います。
社外の活動だと、他社の方と一緒に論文を書く機会がありました。
社会人4~5年目
結婚、出産などライフイベントが続きました。
某感染症も蔓延しており、強制的にリモートワークになりました。
妻と一緒に里帰りして、数か月地方で暮らしながら仕事することになりました。いままで以上に家族とともにいる時間が取れた時期かなと思っています。
逆に会社とは距離が遠くなりました。案件に配属されても、自社の人も知らない、ましてや他社の人も知らない・・・・そしてシステムをリリースして離任するときまで周りの人にあったことがない、、、という状態でした。
会ったことない人と仕事をする、、、ご時世的に仕方がないことかもしれませんが、やりにくさを感じます。
人とのつながりについて考えさせられる2年間でした。
まとめ
幼少期:おデブちゃん
小学生:小児てんかん、ソフトにはまる
中学生:おチビちゃん、野球したりお勉強したり
高校生:野球楽しい、青春
大学生:酒、旅、バイト
社会人(3年目):お仕事頑張った
社会人(5年目):ライフイベント満載
これからも楽しく生きていけたらなと思います~
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?