レジェンドとホスト、“舞台の虜”2人が誘う秘密のお茶会(『レジェンド・オブ・ミュージカル inクリエ Vol.8』感想)
『レジェンド・オブ・ミュージカル』、こちらの企画に初めて参加できました。
2017年11月から開始され、前回が2022年1月の開催、そして私が芳雄さんの沼に沈んだのが2023年なので、8回目の今回こそ初参加できるチャンスだと思い臨んだチケット先着先行で無事確保でき、楽しみにしていた公演。
開演が19時30分、上演時間は1時間20分、終演は20時50分予定、チケット代は4800円。開演時刻もイレギュラーだし、上演時間が短いとはいえ全貌を知った今考えるとなんて破格のチケット代なのだろうと思ってしまうほど、大充実で贅沢がすぎる構成。そして終演直前、時間を大幅にオーバーしていることを芳雄さんが仰っていたけど、確かに劇場の外に出てから時間を確認したら21時15分。延びてる実感が全くないほど、芳雄さんが引き出す美波里さんのトークに夢中になってしまっていたけど、25分も延長してトークをしてくださったんだな、逆を言えばそれほど盛り上がったんだなという証明でもあり、それが嬉しくて益々胸が熱くなってしまった。
さすがにご発言の一言一句は覚えられていないので雰囲気を書き残しているようなものだけど、『レジェンド・オブ・ミュージカル』という企画自体の素晴らしさと、今回のレジェンドである前田美波里さんとホストの井上芳雄さんの魅力を叫びたいので、感想を書いてみます。
1.『tick, tick...BOOM!』のセットそのまま!クリエ公演の合間を縫った秘密のお茶会
秘密のお茶会、まるでそんな印象を抱かざるを得ない空間だったな。
こちらの歴代トーク集を読んでいても、各回の冒頭で「今は○○の公演中ですが…」という芳雄さんの説明が挟まれるのが恒例になっていて、例に漏れず今回も開催日が「tick, tick...BOOM!」の公演中。しかも、レジェンド上演前の当日マチネも、レジェンド上演後の翌日マチソワも、通常通り「tick,tick…BOOM!」が当たり前に上演予定。文字通り、通常公演の合間を縫って開催されるこの企画は、劇場に入ると「tick,tick…BOOM!」のセットはそのままに、レジェンドとホストそれぞれが座るソファにテーブル、そして布で隠されたイーゼル2台(美波里さんの輝かしい功績をご紹介するパネル。当時街から全て盗まれ無くなったという資生堂のポスターなど)。開演前にスタッフさんがそれぞれのテーブルへティーセットとケーキを運び入れる様子に、ものすごく崇高な時間が始まるんだと覚悟を決め、実際開演してそのテーブルを前にレジェンドとホストが展開を進めていくその光景が秘密のお茶会のようだった。この夢夢しい光景が一夜限りというのも、公演が終われば消えてなくなってしまうという舞台そのものが持つ刹那的な魅力をより引き立ててくれるようでもあって、グッときてしまった。ただ、結局レジェンドもホストも結局上演中は水しか召し上がらず、芳雄さん曰く「今までティーセットを使った人もケーキを食べている人もいなかった」とのこと。「僕の歌はケーキを食べながら聞いてくださいね」と芳雄さんのソロ前に美波里さんに呼びかけ笑いを買っていたのはさすがだったなぁ。
2.“舞台の虜”同士が目の前で繰り広げる生物(なまもの)の展開
先着で手に入れた席がかなりの前方で、無料招待されたU-25の方々が前方席だったようで、この辺りは若い方々が招待された席かな?なんて芳雄さんに呼びかけられてしまうあたりに座っていたのだけど、目の前で 繰り広げられる美波里さんと芳雄さんの掛け合いに夢中でした。芳雄さんの手元に台本はあるけど、美波里さんの受け答えによってはどこに着地するかは未知数。そんな緊張感と、だからこそひしひしと感じる「舞台は生物(なまもの)」であることの尊さ。たまらなかったな…
ピアニストの大貫祐一郎さんが登場され、コーラスラインの『One』の演奏に合わせて芳雄さんが登場。このまま踊り出しちゃうような勢いだと笑いを誘った後、8回目となったレジェンドの企画についての説明。歴代トーク集の巻頭にも「企画・井上芳雄」とあり、その字面の強さにすら惚れ惚れしてしまうところがあるけど、「僕がやりたくて企画した」んだと目の前で語る芳雄さんの眩しさが忘れられないし、今日は日比谷を歩きながらクリエに向かったけど日生劇場や東京宝塚劇場、そして帝劇で当たり前に公演が上演されている世の中に戻ってきたこと、そしてどの劇場でも出演者が若いんだということに触れ、コロナ禍を挟みながらも8回目の開催へと辿り着いたこの企画や、未来にミュージカル界を担う次の世代への期待も込められたオープニングトーク。
そして美波里さんが登場され、芳雄さんの進行によって美波里さんのこれまでの経歴や功績、現在の活動が引き出されていくのだけど、とにかく美波里さんの舞台にかける情熱や愛が強くて、それに感化されて芳雄さんも徐々にテンションが高くなり、熱を帯びた表情で掛け合いを続ける2人とも「舞台の虜」なんだなぁと目の前でまざまざと見せつけられ、ミュージカルファンにとってこれ以上に胸が高まる時間はなかった。舞台に立つ者、その姿を観る者、どちらも立場でも熱に浮かされながら舞台を愛し、舞台を共有し、舞台の虜になっているんだ。立場が違えど、愛する対象は同じなんだなと烏滸がましくも嬉しく思ってしまったりもした。
印象的だったエピソードをつらつらと。
・舞台に立つことがとにかく大好きで、やめられない。一度舞台に立つともう降りられない。拍手をいただけて、お客さまも喜ばれて…という幸せの循環について語る美波里さん。その様子が本当に生き生きしていて、「拍手喝采がご褒美なの」と言い切った美波里さんに「ミュージカルはストプレと違って本編中に何度も拍手をいただけるのも良いところですよね」という芳雄さんのフォロー。美波里さんの舞台愛を伺いながら私も目頭が熱くなっていたところで、核心をついた芳雄さんのフォローにトドメを刺されて思わず泣いちゃったな。
・2人の共通点といえば、ミュージカルだけでなく、お互い共演歴があって親交も深い「堂本光一さん」。その関係性がよくわかるように、「美波里さんと共演するために僕がSHOCKに出るしかない。ライバル役ヨシオとして…」とすかさず呟く芳雄さんや、俳優同士はオンの時はともかくオフでは仲良くできないという恒例の自虐ネタをブチ込む芳雄さんへ「でも光一さんとは仲良しよね?」とフォローする美波里さんによって光一さんと芳雄さんには似ているポイント(「僕が僕が」と前に出すぎなかったり、初対面で目が合いづらいと言われがちなところ)があるんだというトーク展開に繋がったり。
・芳雄さんが初対面の人に対して目が合いづらいということについて、自分では自覚がないんだけど‥‥ねぇ大貫さん?って突然話を振られた大貫さんが、マイクがないのに地声を張って答えている中で「マイクないのに喋ってんの!w」ってウケる鬼の芳雄さんと、実際初対面で目が合わなかったことを暴露する大貫さん、といういつものバイマイのような展開を見られたこともほっこりした(笑)芳雄さんの現場に大貫さんがいてくださる安心感も最近感じ始めてきたなぁ。
3.「拍手喝采がご褒美なの」、“レジェンド”前田美波里さん
先述した通り、「舞台に立つ」ことで得られる快感を手放せないんだと語る美波里さんの姿から、彼女が舞台を心から愛しているんだということが伝わってきて、何度も目頭が熱くなってしまった。歌唱コーナーでは『日曜はダメよ』から同タイトルのナンバーを披露してくださり、イントロの時点でステップや振りも入れて「ダンス」の要素が強くて、さすがだなぁと唸った。間奏で客席から手拍子が自然発生した奇跡のような展開は劇場ならではの魔法のようだったし、その手拍子が舞台上で美波里さんの後ろで彼女のパフォーマンスを楽しそうにノリながら聴いていた芳雄さんにも伝染してたのが光景が、たとえ舞台上と客席に分け隔てられられていたとしても劇場という空間が一つであることを物語っていて、クリエの小規模な空間だからこその一体感や高揚感に包まれた瞬間だったな。「拍手喝采がご褒美なの」と語る美波里さんに盛大な拍手を贈ることができて、こちらが幸せだったな。
印象的だったエピソードをつらつらと。
・回遊魚のように動き回る性分だという美波里さん。なんと自宅のソファも邪魔だからと撤去してしまったとのこと。自宅では背もたれのある場所で休むことはないのだと。「じゃあこのソファ(セット)も撤去した方が良いですかね?!」ってすかさず合いの手を入れる芳雄さん。
・クラシックバレエのご経験や持ち前の華やかさを武器にしただけでなく、東宝の菊田一夫先生や劇団四季の浅利慶太先生と関われるその時々で着実にチャンスを掴んでこられていて、試される瞬間にしっかり決める勝負強さも、ここまで上り詰めた理由なのだろうなぁ。お給料が発生しなくても3ヶ月に渡った『コーラスライン』の稽古を経た開幕直前になかなか配役が発表されずやきもきする中、浅利先生に呼ばれ「15分で捌けてしまう役だとしてもやるか?」と聞かれ、3ヶ月も稽古したのにそんなの冗談じゃないという気持ちを滲ませつつもそれより舞台に立てない方が嫌だと心を決めて「やります!」と回答したというエピソード。その受け答えもオーディションの一つで、無事主役級の役を確保した美波里さんのバイタリティまでかっこよすぎる。「シーラの役を誰にも渡したくなかった」、だから客演を続けたという言葉も印象深いなぁ。先日受賞された菊田一夫演劇賞特別賞の授賞式でのスピーチでも、昨日話されていた、風と共に去りぬで馬と舞台に立ったり、手を抜いた共演者がクビになったという印象的な話が語られていたね。
・『日曜はダメよ』の公演期間中、同じ劇団四季の『CATS』の大ヒットによって観客をそちらに持って行かれてしまったことが悔しくて、『日曜はダメよ』の共演者である市村正親さんと一緒にCATSを観に行き、客席や出口で直々に観客に向かって「私達もゆくゆくはCATSに出るので、いま日生劇場で講演中の『日曜はダメよ』も観にきてください!」って営業をかけて、『日曜はダメよ』の客席も満席にさせたという話があまりにも衝撃で、そんな時代があったんだということと、舞台に立つことだけで満足せずに手段を選ばずとも客席を満席にさせるその貪欲さに胸打たれた。そして宣言通り、グリザベラ役としてCATSにも出演されたという“有言実行”も素晴らしい。
・今回のトーク中、「この(『tick,tick…Boom!』の)プロデューサーが、(美波里さんがやりたい作品と)同じプロデューサーだから売り込みましょうよ!」って遊び心と本気の半々のテンションで芳雄さんに呼びかけていたのも印象的で、今の立場の美波里さんだから言えることなのかもしれないけど、CATSの客席で営業をかけた時のフットワークの軽さが証明するように、とにかく即行動できる美波里さんだからこそ、今までもチャンスを着実にモノにしてきたのだろうなぁとこのタイミングでも深く納得した。
4.百戦錬磨のMC力(りょく)、“ホスト”井上芳雄さん
先述した大貫さんとの絡み、光一さんとの絆、僕もSHOCKに出たいとか色々あったけど、「舞台人はテレビに出ない」(舞台のチケットを買って劇場に足を運ぶ客が自宅でテレビを見る時に簡単に姿を見られるようになってはいけない)という菊田一夫先生の教えを忠実に守ってきたと美波里さんが話すと思わずハッとして血の気がサーッと引くようなリアクションを決める芳雄さんも好きだったな。レジェンドのトークを引き出すだけでなく、聴き手としての真摯な姿勢の中でもリアクションや頷き方のバリエーションが豊かだったり、進行の中に笑いのスパイスを絶妙なタイミングで投入したり、真摯な姿に垣間見える“遊びの余裕”にまんまとやられた。ムーランルージュでのオープニングナンバー後のクリスチャンの「……なんて凄いんだ!」のセリフに至るまでのリアクションタイムでは表現の引き出し全開で挑む姿もとんでもなかったけど、お芝居を離れ、今回のMC業のような機会においても「引き出し」の豊かさが自ずと溢れてくるものなのだなと知り、改めて好きになってしまった。
歌唱コーナーでは、美波里さんの出演作『アプローズ』から同ナンバーを。数秒前まで喋り倒し、先述したとおり「僕の歌はケーキを食べながら聞いてくださいね」なんて笑いを誘いながらも、イントロが流れるとその場の空気をガラッと入れ替えるのが素晴らしくて、そうやって誰をも惹きつける芳雄さんの求心力がたまらないし、時代を跨いで懐かしさを感じさせるようなメロディーラインにも合う芳雄さんの声に惚れ惚れしつつ、芳雄さんの歌を浴びるというよりも自分の頭上を超えていき劇場中を揺らしていたような感覚すら抱いて、この距離感、この規模での芳雄さんの歌唱、劇薬だなぁと身をもって知ってしまった。最高でした。
芳雄さんの言葉選びに尊敬の気持ちが止まらなくて、美波里さんのデビュー作である『ノー・ストリングス』が黒人と白人の愛がテーマだということで、当時は俳優さんが舞台で肌を真っ黒に塗っていたというエピソードを聞きながら、「今だったら色々な表現ができるでしょうね」とサラッと補足したところに、きっと衣装の色によって人種の表現に挑んだ『ラグタイム』出演者としての思いがあるのだろうなと感じた。また、美波里さんの生い立ちについてご自身は「ハーフ」だと仰っていたけど、一度芳雄さんが「ミックス」と仰ったり、近年使われるようになった呼称だけど、肯定的な印象を受けるその言葉を選ぶ心遣いが素晴らしいんだ。そういうセンシティブな表現も含め、言葉の一つひとつに、できるだけ誰に対しても何の懸念もなくまっすぐ安心して伝えられることに重きを置いてるのだろうな。歌だけでなく、言葉を扱うことを生業とする立場としての矜持をものすごく感じた。
どこにも隙を与えない百戦錬磨のMC力(りょく)を披露しつつも、生年月日や東宝現代劇8期生であること、劇団四季出演年数、そして今回のレジェンドがvol.8であることなど、とにかく「8」の数字に縁がある美波里さんに対して「だんだん背筋が凍ってきましたよね」「美波里さんの『ば』も『8』かと思った」とボケをかます芳雄さんの話術、やっぱり痺れるわ……
5.これからのミュージカル界へ
日本のオリジナルミュージカルを発展させるためには?という問いに、「ミュージカルを生み出す作り手がもっと出てくるようになったら良い」と仰った美波里さんの言葉、とても的確でありつつとても重くて、一観客である私にできることはないかもしれないけど、ミュージカルを愛する者としてしっかり胸に刻んだ。芳雄さんも、一からの作り手とは言わずとも「繋げていく者」としての務めを果たしたいとのことで、次の世代に向けた可能性を示してくださるのも、こういう企画ならではだなぁ。
未来のミュージカル界に向けて一言いただくという恒例のタイミングでも、美波里さんは今でも現役だからこそ、これから先も舞台に出続けたいと仰ったことが素晴らしい。昨年の行列のできる相談所でも紹介されていたことが記憶に新しいけど、『ピピン』での空中ブランコについてのエピソードが衝撃で、美波里さんも最初に来日公演を観劇後、まさか自分がこの役をやるなんてと想いもしなかったのに即オファーが来たとのこと。過酷な空中ブランコも、初演の千秋楽でようやく楽しさを覚え、その後水泳で身体を鍛えるようになり、再演ではもう余裕だったとのこと。現状に満足せず、自分で限界を決めることなく進み続けるような美波里さん自身の姿勢から、日本のミュージカルもこうやって進み続けるべきなんだと訴えかけてくださっていたのかなと思わせられる。
レジェンドとホストの退場曲も、オープニングと同じくコーラスラインの『One』。芳雄さんが差し出した手を取り、更には腕まで絡める美波里さん、まるでミュージカルのワンシーンのようなステップで退場する2人。いつか2人が作品の中で共演する姿を観られますように、そう願う気持ちが更に強くなった。
舞台に魅了されたレジェンドとホストによる秘密のお茶会、ミュージカルを愛していてよかったと改めて実感する夢のような夜でした。以上です!