完成台本の公開～『姿は変わる』という台本～

『姿は変わる』
　　　　　　　　　　　　　　　湊游
立川成文（たちかわなりふみ）
大瀬陽美（おおせはるみ）
猪之口良子（いのくちりょうこ）
武花和子（たけはなかずこ）
寺田琴美（てらだことみ）
屋敷風子（やしきふうこ）
前園小百合（まえぞのさゆり）
出崎七波（でさきななみ）
　　　　
大広間の大きなテーブルのある席に一人で座っている立川。持て余した様子。周囲からは賑やかな声が聞こえている。そこに大瀬がやってくる。

大瀬　立川くん？
立川　……大瀬？
大瀬　久しぶり！
立川　いやこっちこそ！　いつ来てたん？　全然わからんかった。
大瀬　さっき着いたとこ。
立川　あー、今京都やっけ？
大瀬　そうそう。言うてもはじっこの方よ。市内の人からは「いややわ、そこはみやことちゃいますけど」って。
立川　ほんまにそんな感じなん。
大瀬　一度味わってほしいわ。
立川　嫌やわ、何でやねん。
大瀬　まだ立川くんだけ？
立川　たぶん。
大瀬　前園さんはさっきおったよ。
立川　ああ。たぶん向こうの、あの集団やんな。

立川は大広間の反対の方の人だかりを指す。

大瀬　忙しそうにしてたわ。
立川　ええしが大人になったら……ああなるわな。

そこに猪之口がやってくる。

猪之口　……あの、５組ですよね？
立川　……。
大瀬　……はい。
猪之口　よかった……もう顔が全然わからなくて
立川　そうやんね、忘れてまうんよ。
大瀬　あの、それでほんまごめん……誰？
猪之口　猪之口です。
立川＆大瀬　ええっ！
立川　委員長⁈
猪之口　あ。やってましたね。
大瀬　うっそー！　だって……ええ⁈

大瀬は自分の顔に手で眼鏡を作ったりして、何度も猪之口を見る。そこに武花が来る。

武花　（大瀬を見て）あー！　陽美ー‼
大瀬　和子！　
武花　やーもう、久しぶり！

武花やたらキャピキャピと大瀬に絡む。そのノリに大瀬も合わせる。

武花　受付の男の子見た？　めちゃイケメンじゃない？
大瀬　うそ、見てへんわ。
武花　ほな後で行こ。
立川　たいがいにしときもう。
武花　お。セイブン今日は早いやん。
大瀬　（放っとかれた猪之口に気づき）あ、ごめん。
猪之口　ああ、全然。気にしてないよ。
武花　……委員長？　
猪之口　あ、はい。
武花　やんなー！
立川　わかるんや。
大瀬　すごいな。
武花　わかるよそりゃ。

そこに寺田が来る。がすぐに近づかずテーブルの周囲を遠巻きに見ている。大瀬が気づく。

大瀬　５組ですか？
寺田　あ、そうです。寺田ですけど……覚えてます？
大瀬　琴美ちゃん⁈　うそ！　ごめん。一発でわからなくて。
武花　確かにちょっと雰囲気変わったね。
寺田　ですかね……。
武花　なんか病気とかしたん？
寺田　あ、うん。結構前やけど。
武花　大変やったね。元気そうでよかった。
大瀬　今日はわざわざ帰って来てたん？
寺田　いや、今はもう日本戻って来たよ。
大瀬　そうなんや。けど、そしたら時々会えるね。
寺田　そうやね。
武花　でもさー、ウチも毎年の検査見んのほんま嫌やわ。
立川　寄る年波には勝てんで。ちゃんと見とかな何が見つかるか。
猪之口　玄米いいよ。腎臓にもいいし。
大瀬　まあ……それは、日本の方が手に入るね。
寺田　……そうやね。ありがとう。
武花　委員長はやっぱ委員長やな。
猪之口　え、どういうこと？
武花　これからも変わらんといて。
猪之口　え？　わたし何か変なこと言ってる？

そこに屋敷が来る。ぐいぐい来る。

屋敷　おったー‼
武花　やーもう、久しぶり！
屋敷　和子全然変わってへんやん！
武花　あんたこそ、まんまやで。
屋敷　そんなことないってー。
武花　まんま老けたなって。
屋敷　最悪ー。なんなん。
立川　お嬢さんたち。それいつ終わんの。

武花と屋敷、じゃれ合いをやめて席に着く。

立川　何歳やねんほんま。
武花　うっさいなー。セイブンのくせに。
屋敷　セイブンのくせにうっさいなー。
大瀬　まあ女心は永遠に１５歳やから。ね？　寺田さん。
寺田　え……！　そやね……。
立川　（大瀬に）困ってるやんか。
猪之口　武花さんと屋敷さん、全然変わってないね。
大瀬　５組の「いくよくるよ」やから。
屋敷　誰が「くるよ」やねん。どやさしてへんわ。
立川　いやどっちでもええわ！
武花　それ言うなら風子は「たかじん」やから。
屋敷　もう「たかじん」ちゃうって。
武花　やなくって、それは苗字やけど、歌がうまいからこそウチらの「たかじん」やもん。
屋敷　やめて！　久々やとめっちゃ恥ずかしい。
大瀬　今日久しぶりにカラオケ行く？
武花　ええねー。

寺田が入口の方を気にして屋敷に伝える。

寺田　屋敷さん。なんか呼ばれてへん？
屋敷　え、何で。
猪之口　屋敷さん受付した？
屋敷　あ！
武花　あ、あのホテルマンの子や！　和子、見て。
大瀬　何で？
武花　さっきのイケメンくん。
大瀬　ええ？
立川　あれ息子みたいな年の子やぞ。大丈夫か。
屋敷　ちょっと行ってくるわ。

屋敷は荷物を置いて席を立つと部屋を出ていく。

大瀬　どの人？　よくわからんけど。
武花　ほな和子も来てよ。ついでに。
大瀬　……行っちゃいますか。
武花　レリゴーですよ。

武花と大瀬も立つ。

武花＆大瀬　（決め顔と太い声で）ちょっと行ってくるわ。

２人は部屋を出ていく。

立川　なんで気合入ってんねん。
猪之口　本当に昔みたいね。
寺田　……そうやね。

猪之口はおもむろに立ち上がる。

猪之口　ちょっとお手洗い行ってくるね。
立川　え？　あ、どうぞ。

猪之口も部屋を出ていく。

立川　やっぱ真面目やなー……そんなこと正直に言わんでも……。
寺田　……。
立川　寺田さん、あんま喋ったこと無かったよね？
寺田　そうやね。
立川　今日は特にやかましいのばっかりやな。
寺田　ほんまにね。
立川　あいつらと一緒でええの、今日。
寺田　いいよ。今日は５組こんだけなんでしょ。

寺田はテーブルを囲っている席を示す。

立川　そうやな。武花と屋敷なんて３年ずっと一緒やで……死ぬまでええコンビやな。
寺田　男子は立川くんだけなんかな。
立川　やと思うよ。前園はもう来てるみたいやな。向こうの……あ、来た来た。

そこに出崎と前園がやってくる。

出崎　あーもう、くたびれた。もう勘弁してほしい。
前園　すごいね。大人気やったね。
出崎　今日はできればプライベートにしたかったわ。
前園　しゃあないよ。こっち戻ってきた人はみんな会いたいやろうし。
立川　出崎来れたんや。
出崎　何？　文句ある？
立川　何も言ってません。忙しいんかなって。
前園　先生がみんなして来て。大変やってん。
立川　そらそうやろな。
出崎　疲れてんねん。こういう時だけ恩師ヅラしてからに。

そう言って出崎は席に座る。

寺田　あ。そこたぶん、委員長の。
出崎　今だけやから。
立川　委員長ビビってまうんちゃう。
前園　昔もなかった？　委員長、七波がずっと席を占領しててどうしよって。
立川　いかつかったからなー。
前園　今日はスケバン七波復活させへん？
出崎　いらんこと言わんといて。
前園　ごめん。
立川　この２人がこんな風に並ぶ日が来るとは。
出崎　神崎（かんざき）は今何の仕事してるの？
寺田　え。
立川　寺田さんやで。
出崎　え？

出崎は寺田の顔を見直す。

出崎　あれ……？　ごめん。
前園　しょうがないよ。わたしもよくある。堪忍ね。
寺田　あ、ええよええよ。
前園　わたしもさっき、七波は剣道部やったねって言ってしまって。
立川　行ってへんもんな、部活。あの竹刀は完全に斉藤由貴。
出崎　違います、持ってただけ。ほんで斉藤由貴はヨーヨーやろ。
立川　え。
出崎　テキトーやな。
寺田　ごめんちょっと電話してくるね。

寺田は席を立ち足早に出ていく。

前園　気まずかったんかな寺田さん、わたしあんま仲良かったわけちゃうから……。
立川　出崎怖かったんとちゃうの。有権者の前と違う顔やし。
出崎　立川。
立川　冗談や。
出崎　……。
立川　……でもさ。あの人、ほんまに寺田さんかな。
前園　え？　なんで？
出崎　やっぱりそう思う？
立川　うん。なんか変な感じするねん。

そう言うと立川は立ち上がる。

出崎　どこ行くん？
立川　タバコ。行くか？
出崎　もうやめた。
立川　えー！
出崎　今はこんな仕事やしな。かえってええねん。
立川　そっか。
出崎　早よ行ってき。もうすぐ開会やろ。
立川　西校舎の外階段が一番うまかったな。

立川は出ていく。

出崎　何歳やねん。かっこええと思ってるんか。
前園　立川くんも変わらんなあ。
出崎　西校舎なんてもうないねん。
前園　ほんまにね。学校行ってる頃はさ。閉じ込められて、「あーもう明日学校なくなったらええのに、爆弾で」とか思ってたのに。無くなる時はほんままっさらになるんやな。
出崎　ご令嬢がそんな過激なこと思ってたん。
前園　口には出せへんよ。
出崎　よう言わんわ。
前園　もうすぐマンションになるんやってね。
出崎　ちょうど今揉めてるわ。
前園　後から出た話やもんね。
出崎　人減ってもうたから市が積極的なのも分かるけど。
前園　ガツンと言ったって！
出崎　そうやね。

猪之口が戻ってくる。

猪之口　あ。
前園　どうも。
猪之口　えーと、前園さんと出崎さん？
前園　あたりー！

出崎は無言で席を変える。

猪之口　あ、ごめんなんか。えっと……川西です。じゃなくって、猪之口です。
前園　猪之口さん⁈　えー！
出崎　久しぶり。
猪之口　はい。お久しぶりです。

武花と屋敷が戻ってくる。

武花　せやから確認する前に突撃すんのやめーや。
屋敷　いや直前まではそう思ってるんよ。
武花　ほな、なんでよ。
屋敷　それがわかったら苦労せんよー。

武花、前園と出崎に気づく。

武花　小百合！　七波！
前園　和子今日も元気やね。
武花　ちょっと聞いて。ウチらの「たかじん」こと屋敷風子が、ここにたどり着く前に間違えた部屋でやっていたことはなんでしょう！
前園　なになに？　クイズ？
猪之口　はい！（手を挙げる）
武花　はいどうぞ！
猪之口　社交ダンス？
武花　ブー。
前園　コーラスサークル。
武花　惜しい！
猪之口　えー？　何かなあ。
武花　正解は、詩吟でした。
屋敷　「うぐいすないてええ～」って。部屋入ったらほんまにこんな感じ。
出崎　入る前に気づきや。

そこに大瀬、寺田、立川が戻ってくる。寺田は少し強張った表情をしてる。

大瀬　みんな揃った？　わー！　小百合に……七波ちゃん？　がんばってるんやってね。
出崎　ありがと……。
立川　えらいかしこまるやん。選挙みたいに握手したら。
出崎　うるさいな。
前園　まあまあ。
大瀬　座ろ座ろ。ほら、清子（せいこ）も。

全員、席に着いていく。

武花　清子？
大瀬　自分から言おう。な。（寺田に促す）
寺田　あの……えっと……わたし寺田じゃないです。

間

武花　え？　さっき寺田って？
前園　どういうこと？
屋敷　てかあたしはまだ名前すら聞いてなかった。
武花　うん、たかじんはちょっと黙ってて。
屋敷　ひどい……。
寺田　わたしは……神崎です。神崎清子。
武花　は？
神崎　だからさっきまで寺田で通したけど、本当は神崎です。
武花＆前園　ええっ⁈
屋敷　神崎さん⁈　いやでも、この年ならめっちゃ印象変わってることもあるもんな……。
武花　でも何で？　何で寺田さんのフリなんか。
神崎　わたし……わたし、実は整形して。
武花＆前園＆屋敷　ええー⁈
屋敷　いやでも、もうあたしら世代でもありえる話にはなってきている……！
大瀬　受け入れるなあ。
神崎　わたし、昔から自分が大嫌いでさ……。こんなん言ったらあかんけど、みんなと仲良くなれる気なんて卒業まで一回もせんかった。でも琴美だけずっと仲良くしてくれてさ。あんなきれいな子やのに。わたしとおったら……ブスがうつるのに。
出崎　呪いや。
立川　タコ村か。
屋敷　あー……。
前園　まあ……先生ももう逝（い）にはったし。
猪之口　あの人は露骨だった。えげつなかった。わたしもいろいろ言われたもん。「お前は脳みそしか価値ないから絶対に家庭に入んなよ、大学行けよ」って。
前園　そこまで言われたん……？
猪之口　黙ってたから。
屋敷　小百合には言われへんやろなあ。家も家やし。
前園　そんな。
猪之口　悔しくってさ。東京行って大学入って、自分磨きもめっちゃしたよ。だからさ、神崎さんが悩んでるのほっとけなくて。
立川　だから席に名前ないんか。

立川、テーブルの上の折られた紙を手に取る。

武花　え？
立川　他の席のやつは名前あるで。ここだけ白紙になってる。
屋敷　ほんまや、変な箸置きなんかと思ってた。
猪之口　委員長が出欠とるから裏でコソコソとね。でもこんな事しても何もよくないねって。
屋敷　委員長？　……委員長⁈
武花　今気づいたん？
立川　遅すぎるやろ。
神崎　猪之口さん、ごめん。
大瀬　それをトイレで見ちゃって。それと……琴美は私も仲良いと思ってたから。
武花　けど、本物の寺田さんは？
猪之口　実は……入院して長いらしい。
大瀬　そっか……何も聞いてへんな……。
神崎　ごめんなさい。せっかくの同窓会やのに。しょうもないことして、空気めちゃくちゃにして……やっぱり、性格が最悪やねんな。

沈黙が全員を支配する。

神崎　出崎さん、ありがとうね。あの時あいつボコボコにしたん出崎さんやったんやろ？
出崎　……昔のことは忘れたわ。けど、ええやん。私かって、昔の私を忘れてほしい時あるし。昔のままじゃおられへんねん、人間は。
神崎　……ありがとう。
立川　出崎が言うと様になるな。
出崎　この街をずっと見てきたら……そう思うやろ。
立川　そうやな。
出崎　あんたはもっとしゃっきりして。
武花　けどほんまに変わったな。こんなきれいな街になるなんて思ってた？
大瀬　ないない。だから出てったんやから。
武花　薄情やなー……。
大瀬　うそうそ。そこまでは思ってない。
屋敷　でも昔は好きやったかというと、そんなことないもん。
武花　うん。
大瀬　わかる。空気も川も汚れてて、でもここしかないからしゃあなしか、みたいな。
前園　ほんまよね。やのに、ずっといてたら愛着が湧いてしまって。やからもっと良くしたい、良くなりたいって。
屋敷　それこそ小百合が一番がんばったんちゃう？
前園　どうやろ。
屋敷　会社立て直すなんてそうできへんで。
猪之口　そうなの？
前園　地震で大変やったから必死やっただけよ。
猪之口　それがすごいのよ。がんばったんやね。
立川　……なあ。写真撮らへん？

間

屋敷　……女子やん！
立川　昔からつるんどるから知ってるやろ。
屋敷　そのせいで男子からはぶられとったしな。
立川　ええねん！　それもそうやし……年取ったら男なんて余計にプライドが邪魔してまうから……次はもっと来てほしいやんか……会えるうちに。
武花　ええこと言うやん。
屋敷　見直したわ。
立川　これでええやろ？（出崎に）
出崎　知らんわ。
大瀬　清子！　
神崎　何？
大瀬　いっぱい写真撮って、琴美に会いに行こう。
猪之口　それわたしも行きたい！
大瀬　うん。やから……今日は最後までおってな。
神崎　……うん。

立川、近くにいるホテルマンに声をかける。

立川　すいません、ちょっと撮ってくれませんか？　きれいにお願いします。

おわり