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おびかたるしま(帯語島)のものがたり④

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『3人の思い』

 
ヨシは5歳になったばかりだった。
小さい時から、いつも5つ歳上の兄『タケ』の後に引っ付くようにして歩いていた。
タケが見えなくなると大声で泣いた。そんなヨシをタケも可愛がり、
面倒をよく見ていた。

2人の父は村で一番の漁師だったが、ヨシが1歳の時、漁に出たまま
帰らぬ人となっていた。

『嵐で遭難した、ふかにやられた、怪しい舟に襲われた、遠くの島にいった、逃げた・・・。』
村人の噂話だけは聞こえてきたが、潜りで1人漁をする父は、何年経っても帰ってはこなかった。

追い込み漁のあの日、ヨシは初めて手掴みで魚を獲った。
初めは顔に水飛沫みずしぶきが掛かるだけで、上手く掴めない。
何度かいどむうちに、腕の中に手応えがあった。

大きな魚がヨシの腕の中にある。
魚が勢いよく跳ねるとヨシはふらつき、腕の中から獲物が浜へ落ちて海へ逃げようとした。

その時マレビトが魚をすくい上げ、よろけるヨシを抱えながら
一緒になって籠の中へ獲物を投げ込んだ。

「やった!ヨシ、よくやった!」
「えらいぞ!マレビト様の魚をヨシが!とったど!」

周りの大人も、子どもも、年寄りたちも大喜びするのを見て、凄いことをやった!と、ヨシは思った。
そしてヨシは、マレビトに両手で高く抱え上げられた時、記憶の奥にある
ちゃんを思っていた・・・。

タケもそんなヨシの姿を見て、ちゃんを感じた。
ちゃんは生きてる!必ず帰ってくる。』

マレビトが高熱を出し寝込んでいる、という噂は、すぐに村中に広がった。

「マレビト様は死ぬの?」
ヨシは今にも泣きそうな様子でタケに尋ねた。

「そんなこと言うんじゃない!」
「みんな言ってる・・・。」

村の中では噂が広がり、村人にもやがて病がうつり、まもなく村中に広がる・・・と言う者も出ていた。

「あれはマレビトじゃなく・・・疫病神やくびょうがみよ!」
と捨て台詞ぜりふを吐く者まで・・・。

タケは悔しかった。
ちゃんが帰らなかったときも、初めはおかぁに同情した村人も、やがて遠ざかり、次第に陰口ばかりが聞こえてきた。
夜中におかぁすすり泣きを何度も聞いた。

そんなことを思いながらタケはヨシと浜に坐り、黙ったまま海を見ていた。

「ひでぇもんだよな!初めは『マレビト様〜 マレビト様〜』と気持ちの悪い声出しやがったのに・・・。
ちょっと熱が出ると、今度は疫病神やくびょうがみだぜ!だから、あいつらは信用ならねぇ!」

突然、大きな声がした。
振り返ると、そこにはガブが立っていた。

ガブはタケの3つ年上で、村の乱暴者として恐れられる存在だった。

「タケ、そうは思わねぇか?」
2人の横へ坐り、ガブが聞いた。

わっはらえかねるのは、大人どもの変わり身の速さよ!まるでタコ!と同じよ。ああっ、みんな殴ってやりてぇ!」

13歳にして、ガブは周りの大人の狼狽ろうばいぶりを切り捨てた。

タケは恐る恐るガブに聞いてみた。
「ガブ兄は、どうすればいいと・・・?」

なんもねぇ!海から来たもんは、海に帰せばいい!」
「・・・」タケは沈黙した。
「タケはどう思うんだ?」
ガブがのぞき込むように聞いた。

わっはマレビト様を助けたい!」
わっも!」ヨシが続いた。

「そうか・・・お前もヨシも片親。俺は親なしでおばぁに育てられたからなぁ。マレビトって人を見てると・・・なんか親ってもんを思うよなぁ・・・。」

ガブの寂しさが伝わってくるようだった・・・。



『おかぁのきもち』


何処どこに行くんだぃ!」
家から出て山に向かおうとした2人の背後から、おかぁの大きな声が響いた。
2人の足が止まった。

「タケ!まだ夜中だよ。ヨシも連れて何処どこに行くんだぃ!」

わっ、マレビト様を助けたい!」
わっも!」ヨシが続いた。
「どうやってマレビト様を助けるんだぃ?」

「ガブ兄が・・・マテルの滝に行けば、分かるって・・・!」
タケはおかぁに少しおびえながら答えた。

「ガブ!?あの乱暴モンの?」
その名を聞いた途端、おかぁは語気を強め、こぶしを握りしめ言った。
「絶対ダメだっ!お前はマテルの滝がどんなとこか知ってるのかぃ?」

「知らない!でも行くんだ!絶対行く!わっちゃんを助けるために行くんだっ!」
わっも、ちゃんを助ける!」
タケとヨシが涙をこらえながら言った。

マテルの滝は村の奥山おくやまにあり、山歩きの達者な大人でも恐れる禁断の地だった。
そこに2人が行けるとは・・・、おかぁは一瞬絶句したが、覚悟を決めたような顔で2人に言った。
「ちょっと待ってなっ!」

かぁは一度家に戻り、あるものを取ってきて2人に渡した。

麻縄あさなわ(ロープ)と、その麻縄あさなわで編んだ新しい草履ぞうりだった。

「これは、ちゃんが漁で使っていた麻縄あさなわ。そしてヨシが生まれた時に編んだ祝い草履ぞうり。これも、ちゃんが作った。2人分ある。」

かぁは膝を折り、ヨシの肩に両手をかけながら
「ヨシ!途中で泣いても帰れないから・・・、それでもタケと行くかいっ・・・?」

「うん!タケ兄と行く!」

ただ黙って見送ったおかぁは、2人の姿が消えてもなお、そこに立ち尽くしていた。


「遅かったなぁ!」
約束の場所で、待ちびたようにガブが言った。

「出る時、おかぁに見つかった。」
歩きながら、タケはその時の様子をガブに話した。

「そうか、オメェの親父はすげぇやつだった。
俺が小さい頃、皆を困らせていたふかを、1人で仕留めて浜に引き上げていた。その時に使った麻縄あさなわがこれだなぁ・・・。」

ガブはタケが持っていた麻縄あさなわを懐かしそうに眺めて触りながら、
わっが持ってもいいか?」
「うん!」
ガブは嬉しそうに麻縄あさなわを肩にかけた。

「ヨシ!眠くないか?」
「うん!」
こんなに人に優しく接するガブを、タケは今まで見たことがなかった。

マテルの滝に行くことを決めた時、
わっも行く!」
と言い出したヨシに向かってすごんだガブの顔は未だに忘れられず、後悔すら覚える程だった。

「ヨシ!今からでも帰っていいぞ。タケと2人で行ってくる。」
「いやだ!ちゃんを助けるんだ!」

ちゃん草履ぞうりを履いたヨシは、男らしくキッパリとガブに言い放った。


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おびかたるしま(帯語島)のものがたり⑤|岩城安宏(Yasuhiro Iwaki)|note

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