おびかたるしま(帯語島)のものがたり④
■プロローグはこちら👇
■前回の記事はこちら👇
『3人の思い』
ヨシは5歳になったばかりだった。
小さい時から、いつも5つ歳上の兄『タケ』の後に引っ付くようにして歩いていた。
タケが見えなくなると大声で泣いた。そんなヨシをタケも可愛がり、
面倒をよく見ていた。
2人の父は村で一番の漁師だったが、ヨシが1歳の時、漁に出たまま
帰らぬ人となっていた。
『嵐で遭難した、鮫にやられた、怪しい舟に襲われた、遠くの島にいった、逃げた・・・。』
村人の噂話だけは聞こえてきたが、潜りで1人漁をする父は、何年経っても帰ってはこなかった。
追い込み漁のあの日、ヨシは初めて手掴みで魚を獲った。
初めは顔に水飛沫が掛かるだけで、上手く掴めない。
何度か挑むうちに、腕の中に手応えがあった。
大きな魚がヨシの腕の中にある。
魚が勢いよく跳ねるとヨシはふらつき、腕の中から獲物が浜へ落ちて海へ逃げようとした。
その時マレビトが魚を掬い上げ、よろけるヨシを抱えながら
一緒になって籠の中へ獲物を投げ込んだ。
「やった!ヨシ、よくやった!」
「えらいぞ!マレビト様の魚をヨシが!とったど!」
周りの大人も、子どもも、年寄りたちも大喜びするのを見て、凄いことをやった!と、ヨシは思った。
そしてヨシは、マレビトに両手で高く抱え上げられた時、記憶の奥にある
父を思っていた・・・。
タケもそんなヨシの姿を見て、父を感じた。
『父は生きてる!必ず帰ってくる。』
マレビトが高熱を出し寝込んでいる、という噂は、すぐに村中に広がった。
「マレビト様は死ぬの?」
ヨシは今にも泣きそうな様子でタケに尋ねた。
「そんなこと言うんじゃない!」
「みんな言ってる・・・。」
村の中では噂が広がり、村人にもやがて病がうつり、まもなく村中に広がる・・・と言う者も出ていた。
「あれはマレビトじゃなく・・・疫病神よ!」
と捨て台詞を吐く者まで・・・。
タケは悔しかった。
父が帰らなかったときも、初めはお母に同情した村人も、やがて遠ざかり、次第に陰口ばかりが聞こえてきた。
夜中にお母の啜り泣きを何度も聞いた。
そんなことを思いながらタケはヨシと浜に坐り、黙ったまま海を見ていた。
「ひでぇもんだよな!初めは『マレビト様〜 マレビト様〜』と気持ちの悪い声出しやがったのに・・・。
ちょっと熱が出ると、今度は疫病神だぜ!だから、あいつらは信用ならねぇ!」
突然、大きな声がした。
振り返ると、そこにはガブが立っていた。
ガブはタケの3つ年上で、村の乱暴者として恐れられる存在だった。
「タケ、そうは思わねぇか?」
2人の横へ坐り、ガブが聞いた。
「俺が肚に据えかねるのは、大人どもの変わり身の速さよ!まるでタコ!と同じよ。ああっ、みんな殴ってやりてぇ!」
13歳にして、ガブは周りの大人の狼狽ぶりを切り捨てた。
タケは恐る恐るガブに聞いてみた。
「ガブ兄は、どうすればいいと・・・?」
「何もねぇ!海から来たもんは、海に帰せばいい!」
「・・・」タケは沈黙した。
「タケはどう思うんだ?」
ガブが覗き込むように聞いた。
「俺はマレビト様を助けたい!」
「俺も!」ヨシが続いた。
「そうか・・・お前もヨシも片親。俺は親なしでお婆に育てられたからなぁ。マレビトって人を見てると・・・なんか親ってもんを思うよなぁ・・・。」
ガブの寂しさが伝わってくるようだった・・・。
『お母のきもち』
「何処に行くんだぃ!」
家から出て山に向かおうとした2人の背後から、お母の大きな声が響いた。
2人の足が止まった。
「タケ!まだ夜中だよ。ヨシも連れて何処に行くんだぃ!」
「俺、マレビト様を助けたい!」
「俺も!」ヨシが続いた。
「どうやってマレビト様を助けるんだぃ?」
「ガブ兄が・・・マテルの滝に行けば、分かるって・・・!」
タケはお母に少し怯えながら答えた。
「ガブ!?あの乱暴モンの?」
その名を聞いた途端、お母は語気を強め、拳を握りしめ言った。
「絶対ダメだっ!お前はマテルの滝がどんなとこか知ってるのかぃ?」
「知らない!でも行くんだ!絶対行く!俺は父を助けるために行くんだっ!」
「俺も、父を助ける!」
タケとヨシが涙を堪えながら言った。
マテルの滝は村の奥山にあり、山歩きの達者な大人でも恐れる禁断の地だった。
そこに2人が行けるとは・・・、お母は一瞬絶句したが、覚悟を決めたような顔で2人に言った。
「ちょっと待ってなっ!」
お母は一度家に戻り、あるものを取ってきて2人に渡した。
麻縄(ロープ)と、その麻縄で編んだ新しい草履だった。
「これは、父が漁で使っていた麻縄。そしてヨシが生まれた時に編んだ祝い草履。これも、父が作った。2人分ある。」
お母は膝を折り、ヨシの肩に両手をかけながら
「ヨシ!途中で泣いても帰れないから・・・、それでもタケと行くかいっ・・・?」
「うん!タケ兄と行く!」
ただ黙って見送ったお母は、2人の姿が消えてもなお、そこに立ち尽くしていた。
「遅かったなぁ!」
約束の場所で、待ち侘びたようにガブが言った。
「出る時、お母に見つかった。」
歩きながら、タケはその時の様子をガブに話した。
「そうか、オメェの親父はすげぇやつだった。
俺が小さい頃、皆を困らせていた鮫を、1人で仕留めて浜に引き上げていた。その時に使った麻縄がこれだなぁ・・・。」
ガブはタケが持っていた麻縄を懐かしそうに眺めて触りながら、
「俺が持ってもいいか?」
「うん!」
ガブは嬉しそうに麻縄を肩にかけた。
「ヨシ!眠くないか?」
「うん!」
こんなに人に優しく接するガブを、タケは今まで見たことがなかった。
マテルの滝に行くことを決めた時、
「俺も行く!」
と言い出したヨシに向かって凄んだガブの顔は未だに忘れられず、後悔すら覚える程だった。
「ヨシ!今からでも帰っていいぞ。タケと2人で行ってくる。」
「いやだ!父を助けるんだ!」
父の草履を履いたヨシは、男らしくキッパリとガブに言い放った。
■続きの記事はこちら👇
おびかたるしま(帯語島)のものがたり⑤|岩城安宏(Yasuhiro Iwaki)|note
■前回の記事はこちら👇
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ZXYA(ジザイヤ)のブログページはこちら👇
ZXYA(ジザイヤ)|note