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おびかたるしま(帯語島)のものがたり②

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『月とかぎろひ

 
東の空にかぎろひ※の立つ前に、マレビトの石の上で2人の女が舞うという。
村長むらおさに促されて場を譲り、石のタモトで南向きに端坐たんざし、2人の舞を見た。
かぎろひ・・・東の空に見える明け方の光

2人はマレビトに端坐一礼たんざいちれいすると、1人が月の立ち昇るが如くゆっくりと立ち上がり、その不動の月に惹かれ、ゆったり流れる雲と、海に現れるきんの道とを、2人の舞姿にうつす。

やがて満月は西の雲間に立ち消え、東の広がりゆく水平の水面にその坐を明け渡す・・・。

東天に現れたかぎろひの中から、名もなきいのちがいくつも現れては、風に乗り島の中へと消えてゆく・・・。
2人の舞は創られたものでなく、大自然のいとなみそのもの・・・の舞であった。

静寂の余韻が漂うなか、舞い終えた2人がうやうやしく端坐一礼たんざいちれいしマレビトに告げた。

「とうとくかなし・・・」
「これは我が島に伝わる月とかぎろひの舞でございます。」

しばらくは言葉が出てこなかった。

今、この島の静寂の中にあるすべて、水であり、空であり、空気であり、雲であり、森であり、樹々であり、花であり、鳥であり、虫であり、すべてがひとつのいのちである。
そして月も、太陽も、星々もまた、ひとつのいのちである・・・。
そして、そのすべてはつながっている・・・。

マレビトは涙が止まらなかった。この情景を見るために、これまでの苦難の人生があった・・・とすら思えた。


『余韻冷めやらぬまま・・・』


屋敷に戻ったマレビトの前に、村長むらおさの他、3人の女と5人の男が輪になって坐っていた。

「この村のカシラ(男衆)とシナリ(女衆)をお見知りおきくだされ・・・。」

初めて8人の顔をその名と共に心に刻み込んだ。
それは古くから知る顔のようであり、懐かくもまた、愛おしささえも覚えた。

「わたくしめに何かあれば、この者たちがマレビト様のお役に立ちましょう。」
と、皆が名乗った後に続けて村長むらおさが言った。

「わたしに何ができましょう?」
「何か島のお役に立てますか?」
マレビトが尋ねた。

「・・・実は、」
「私から申し上げます。」
村長むらおさが言いかけるのを制して、ハージンと呼ばれるカシラが口を開いた。

「実は、この島はかつて流罪るざいの島として多くの罪人つみびとが流されてきました。その度に島は乱れ、村も焼き討ちにあったり、食い物を奪われたり、その害は女、子どもにまで・・・。」

そんな折に現れたのがマレビトだったという。

配下の者と共に突然海から現われ、乱暴狼藉らんぼうろうぜきをはたらく者たちをばくにつかせ、島を守ったという。
以来、島はマレビトの教えを守り、自ら島を守り、村を大切な家とし、代々の村長むらおさを親として、島の暮らしを立ててきたと語った。
そして、
「あなた様が来られることは、村人の皆が待ち望んだことでございます!」

「・・・!?」

「古きマレビト様の教えにございます。」
村長むらおさが続けた。

の地 海征くものの拠り処なり の地ありての地あり の地栄えるは の地の平穏ありてこそ の地、海星かいせいの芯なりへそなり の地乱れるはじめに 必ずマレビト現われんや 』

平穏無事の世は永く続いたが、このところ島にもの地のいくさ船が
度々立ち寄り、又沖合を往く怪しい舟陰に、男たちは村のぐすくと呼ばれる石積みの見張り小屋で、寝ずの番を余儀なくされている・・・と。
島は迫り来る戦乱の嵐に備えていた。

マレビトは、初めて自らの不幸の意味と、そのつながりを聞かされる思いがした。

「我が祖先は戦乱を逃れて海を渡り、の地の都にきょを求めることはできたが、度々の争いごとで一族は分断され、我が父も流罪るざいの身となり都を追われ、ようやく我が代に頼りの人を得て地方に被官ひかんし、田畑たはた住処すみかを得て暮らしを成したところであった。
しかしまたも受難。一家は離散した・・・。」

マレビトは、これまでの人生を包み隠さず語った。
「こんなわたしが、マレビト様であろう筈がない。いずれ本物は現れよう!」

その言葉とは裏腹に、マレビトはこの島のお役に立ちたい!と心から願う自分に気がついていた。

「あなた様こそマレビト様!我が目に狂いはござりませぬ!」
村長むらおさが力強く言った。

それに続いて皆も口々に言葉を揃えていた。


皆が帰り、マレビトはひとりとこの中で悶々としていた。
「長く辛い旅であった・・・。」
生きてただひとり、この島に流れ着いた。

あの夜、辛うじて家族と3人の家人だけ屋敷から逃げ出すことができた・・・。
どこまでも追手が来た。
人目を避け、山から山へ、尾根道と間道かんどうを縫うようひたすら逃げ惑い、辿たどりついた山中に海の民の隠れ里があった。

船頭の計らいで、西へ向かう船にマレビトと妻、2人の息子だけ乗り込むことができたが、嵐のため、目的の地を目前に船は座礁、マレビトは辛うじて潮の流れから逃れたが、妻と2人の息子は目の前から海の底へ消えていった・・・。

風波かざなみ翻弄ほんろうされながら、我が非力を呪い、その道ずれとなった3人の名を繰り返し大声で叫んだ!
叫べども、叫べども、戻らぬ妻と子ら・・・。
嵐の中でマレビトの気力もやがて波に砕かれ、風に巻かれて消えていった。

マレビトは嗚咽おえつしていた。
胸の奥には誰にも話せぬ深い傷あとだけが残っていた・・・。


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