#005 突然に下半身不随宣告された息子。すところどっこい疾風記〜息子とともに駆け抜けた23年間の記憶〜
追憶
2021年1月
福井駅に着くと駅前のロータリーには恐竜の巨大フィギュアが並んでいる。
駅の壁面には恐竜の3Dアートが立ち並ぶ。
シンはかなり時間をかけて自分のカメラで撮影している。とにかく撮影の構図にかけてはこだわるタイプだ。
シンはこだわりが強く、好きなことにはとことん追求する。
幼い頃から、ちっちゃくて正直でウソがつけない子だった。
ウソがないだけにボク達は「うっ」とためらう。また、こちらの大人特有のごまかしに対してとても強い言葉で注意される。こっそり言った悪口にも、
「そんなん言うたらあかんやろ。」
社会のルールを軽く破った時にゃ
「もうやめてくれへん?こっちが迷惑やっ!」
とても聖人君子とは言いがたい物言いで、しかも例のガサガサ声で叱られるのだった。
祖母曰く家族の中で一番大人な考え方をしてるらしい。
祖母はシンがまだ幼い頃、知的障害の疑いをまだ伝えていない時期に、ボクらにわがまま(?シンとしては想いが中々伝わらないもどかしさ)をいうところをみて、二人っきりのときによく
「もっと親の言うことをちゃんと聞きなさい」と注意をしていたという。
成長したシンをみて理解し、とても反省しているようだ。
「こんな優しい子になんてことをいったんだろう。」
まぁ仕方ない。シンの人間性は毎日一緒に生活していないとなかなか理解してもらうのは難しいだろう。
そしてシンは小さい子が大好きだ。
公園とかで遊んでいる子供を見るとじーっと見つめてしまう。心の中では一緒に遊びたいという純粋な気持ちがあるのだが、成人になると話は別だ。
不審者に思われても仕方が無い。
声をかけてもらうのを期待しながらじーっと見ている。やはり他人からは不審者だ。おかげでボク達はシンの代わりに、やたら幼い子供に声をかけまくる父と母になった。そんなことを知ってか知らずか、そんな時に
「怖がるからあんまり声と掛けんといて。」
とここでも注意されるのだ。
その後、ホテルに荷物を預けてレンタカーで、いざこの旅行のメインイベント「福井県立恐竜博物館」へ!
約1時間後、念願の恐竜博物館に到着!
テンションはマックスだ。旅行前にシンが語っていた。
「この博物館は騎士竜戦隊リュウソウジャーや恐竜戦隊キョウリュウジャーのロケ地でも知られる日本最大の恐竜博物館で、いわゆる聖地巡礼やな。
オレも聖地巡礼を趣味にしようかなって思ってんねん。
栃木ってとこには仮面ライダーの爆破シーンでよく使われる場所があって、いってみたいねん。栃木って大阪から何時間ぐらい?けっこう遠い?
あとは…」
次々と巡礼地を上げていく。
…大分お金のかかる趣味やね。
博物館は1月にしては訪問客が多く安心する。
人が少ない場所や初めて訪れる場所では今でも緊張する。
胸の前で腕を組み、背中を丸めて周囲の様子を伺う。こちらはシンの気持ちが落ち着くのを待つしか無い。
しかしこのときはエントランスをくぐると
「はよ行こっ!」
シンが元気に走り出す。状況を把握し、中に入っても問題ないと判断したのだ。まあそれよりも今回はワクワクが先に来たのだろう。
最近ディズニーなどでイマジナリーフレンドを扱った映画があるが、シンには絶対心の中にイマジナリーフレンドがいて、こんなときは心の中で二人で相談しているのだ。
普通は思春期を過ぎるとイマジナリーフレンドはいなくなるらしいが、23歳のシンの心の中にはまだその存在が消えていない。
想像力も豊かで、シンが常に持ち歩いている手帳には壮大な銀河系活劇スペースオペラ小説の散文が残っている。いずれはその物語も紹介したいものだ。
恐竜博物館はかなり規模が大きく、シンも大満足。高い天井をいかして実物大のリアルな恐竜の姿を植物の生態系も表現しながら展示。骨格モデルも並び、それぞれの解説文も充実している。
興奮しながら館内を二巡し、おみやげコーナーでは吟味に吟味を重ね、自分のお小遣いから恐竜の爪のレプリカやキーホルダーを購入。充分に満足したところで外に出る。
建物の横に広がる小山のような芝生広場にも何かあるかも…とシンは一人で登り始めた。
ボクはひっそりとたたずむ喫煙コーナーで一息ついていると、向こうからシンの声が。
大声でボクを呼んでいる。
声のする方を見ると、シンが丘の上からこちらを見ながら立ちすくんでいる。
「どないしたん?」
「分からんけど…急におしっこがでてもうた。」
よく見るとチノパンが濡れている。
シンの名誉のために言うが、こんな経験は初めてだ。
あわてて駆け寄り、事情を聞こうとするも要領を得ない。
「よく分からん!」
「気付かへんかってんもん。」
少しいらだってシンはしゃがみ込む。
着替えはすでにホテルに預けている。
ここはまず落ち着かせて安心させることが先決だ。
「大丈夫。とりあえずクルマに行こか。」
とあくまでも軽く声をかけ、駐車場に向かった。
クルマの中でマップ検索すると、
7km程先にシマムラがあるようだ。
「ちょうど良えわ。すぐ先にシマムラがあるからそこで着替え買おか。」
シンにとっては「大丈夫」は魔法の言葉だ。
ボクらに言われると安心してパニックを回避できる。
なのでボクらは結構大丈夫な状況で無くても、大丈夫と言いきるようになった。
1kmも走ると
「どんなとこにもシマムラってあるんやな。すごいなシマムラ。」
びしょびしょのチノパンの上にタオルだけを掛けた状態でシンはのんきに話し出した。
二人は何事もなかったように明日に巡る、田舎によくある古びたおもちゃ屋でのお宝の発見に作戦を立てながら市内を目指した。
少しずつシンの脊髄を蝕んで神経にイタズラする腫瘍に
そのときボクは全く気づかなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?