ミュージカル『ジョンアンドジェン』感想
あらすじと感想
ストーリーは、アメリカの家族の物語。今回は2023年までの物語だけど、30年前の作品で、時代背景が調整されているらしい。
一幕は姉と弟、ニ幕は母と息子。
暴力のある家庭で姉ジェンが弟ジョンを守ると誓い、支え合いながら成長する。仲の良いきょうだいだ。親が子どもをしっかり愛し保護できない時、きょうだいの距離は近くなり、仲良くなる。ここが悲劇の起点。
思春期に入り、お互いに腹を立て悪態をつくが、姉が家を離れる時、お互いを支えにできなくなった二人は孤独の中で自分を模索しなければいけなくなる。ジェンは親を否定して、NYで無防備なまでに周りに影響を受け振り回される。そのような中で起こる無差別テロ事件。ジョンは、「家を守って」と言われたことで、父のような男になることが自分の使命と認識し、その延長で国を守るため軍に入ることを決める。
唯一無二の姉の願いだから家に留まり、家を守り、国を守ろうとした。だから、姉は弟を亡くした時に弟と離れたことを深く後悔することになる。でも、それも元々身を寄せ合って生き延びなければならなかった子ども時代の反動で、切ない。
二幕では、母となったジェンが子どもに弟と同じ名前をつけ、弟の使っていたグローブを使わせ、弟の生まれ変わりのように息子を育てる。ゲームオーバーになったゲームを、もう一度今度は間違わないように最初からやり直すかのようだ。過干渉だが、弟の影を追い自分を見てくれない母に対して、息子のジョンは自分を殺して合わせるように生きる。
そして、また思春期。親子それぞれに悩み、息子ジョンは家を離れて進学することを望むが、ジェンは合格通知を隠す。母のため家を離れないと決めるジョン。息子は弟ではない。過去と直面せざるを得なくなったジェンが、息子を手放し、自由に生きることを受け入れるところで終幕。
息子を手放すと同時に、「家を守って」と言って、自分が家を離れる時も手放したくないと思っていた弟も手放せたのかもしれない。この時まで、ジェンは大人として一人で立って生きていくことができない人だったのではないかと思う。苦しみを伴う長い長い成長の物語だった。
脚本、演出、出演者、全部好き
開場時間を少し過ぎてから会場到着。パンフレットを買おうと列に並ぶと、遠くから音楽が聞こえてくる。それも知っているような気がするメロディ。音楽ライブの開演前はたいてい音楽が流れているが、演劇やミュージカルでは珍しい。
客席につくとやはり知っているアーティストだった。Jewelのアルバム「Spirit」は昔聴き込んだアルバムで、開演前にその曲が流れている時点で、個人的にタイムスリップしたような不思議な精神状態に陥った。カントリー調のメロディと憂いのある歌声が、これから始まる物語にぴったりだ(というのは観劇後に思ったこと)。
能舞台のような四角い舞台の両サイドに小道具や衣装のラックがあり、俳優が上下に分かれて開演の合図のない中登場する。私の見た公演では登場と共に前方で拍手が起きる。新妻さんがアフタートークでびっくりしたと話されていたが、本来は稽古場のような感じで自然に始まる演出だったのだろう。
俳優二人、ミュージシャンも3人だけなのに、歌も音楽も豊か!演技も、子ども時代も思春期も、姉と弟の関係も、母と息子の関係も、まさにそのもの、というかけあいで自然と自分の過去や家族関係を思い起こし笑う。
音楽が前面にというより物語が強いミュージカルだと思うのは、俳優二人の技量によるものだろう。曲が難しくて大変だったらしいが、自然で、細やかな感情が胸に迫ってくる。ジェンが弟の影と対峙して、息子と離れる決意するシーンは圧巻だった。
演出の市川洋二郎さんが訳詞にもこだわったとのことだが、見ている間、言葉を意識することがほぼなかった。会話も含め、翻訳ものと忘れるぐらい自然だった。逆に、日本の作家がアメリカを舞台に書いたら、ちょっとアメリカらしいような言い回しをわざわざ入れそう。
芝居は見るけどミュージカル初めてという人に見てもらうとよい作品だったかもしれない。
私はジェンだ
物語も演出も歌も演技も色々な要素が絡み合ってなのだと思うが、とにかく「地続き」という感じがした。舞台はアメリカなのに、この劇空間と劇場の外、自分の生きてきた世界と地続きだと感じる。ミュージカルに何を求めるかは人それぞれで、思い切り違う世界に連れて行ってくれるからいいという人もいると思うのだけれど、私はこの「地続き感」に深く心揺さぶられた。
観る前からBGMで記憶を喚起されたのもあるが、舞台を観ながらも、幕間でも、私はジェンだと感じることが何度もあった。私はジョンだと思うシーンもある。目の前の物語をなぞりながら自分が問われ、自分の人生の一コマが写真のように思い浮かぶ。症状としての意味ではなくフラッシュバックする。
本当に良い劇体験だった。これから先、今度は日常の中でジョンやジェンが記憶の中から表れることがあるのだと思う。そこまで届いた作品だった。
誰かを守りたいというあどけない姿に、辛いことがあっても自分が悪いからと歯を食いしばる姿に、自立しようともがく姿に、離れた家族を思う姿に、子離れに苦しむ姿に、ジョンとジェンを重ねることがあるだろう。
若い人にも、人生を振り返る時期の人にも勧めたい。ぜひ再演を。
個人と社会
国をめぐって姉と弟が言い争うシーン。それが相容れないことが関係に溝を作るということ。アメリカらしい場面ではあるが、政治に限らず信念の違いが表面化した時に、お互い一歩も譲れず、相手への理解も示すことができなくなることはある。
社会との向き合い方の違いでもあるが、ジョンとジェンのストーリーの中では、その態度もそれまでの家族の関係の中に見ることができる。
ジョンが軍人になることを決めた正義感は、家を守ると決めたからで、その大元は姉からの言葉だ。父を肯定していること、つまりそうとは意識しなくても暴力を含んだ力が必要と考えていることも影響している。
ジェンは親への反抗心が権威に対する疑問に展開しているように感じる。自分が力を持つためには家を離れるしかないと感じたように、戦争に突入する国から離れてカナダへ行こうとする。
家族関係という、極めてプライベートな経験が、人が社会とどう向き合うかを方向づけているし、しかも同じ環境でスタート地点は同じはずだったのに、僅かに見える違いが道を隔てていく。
コインの表と裏としてのジョンとジェン。同じ境遇で育ち、分かり合えるはず、同じであるはずだと思うからこそ許せない違いなのかもしれないし、姉と弟でも別の人間だと思えるぐらいの関係ならここまで対立しないのかもしれない。そしてそのまま和解の機会を永遠に失う。やはり悲劇だ。
社会の縮図が個人間に表れることもあるし、個人と個人のねじれを解いていくことが…と
観劇後しばらくJewelの「Hands」を聴きながら考えた。
カーテンコール撮影会
この回は終演後、カーテンコール撮影会があった。撮影会だったが、主に新妻さんが、楽屋入り前にドーナツ屋さんに並んでいて見ず知らずの人に話しかけられたエピソードなどを披露してくれた。開始前に拍手が起こったのも東京公演では一度もなかったとのこと。ああ、大阪。
記録
PARCO PRODUCE 2023 ミュージカル『ジョン&ジェン』
公式サイト
https://stage.parco.jp/program/johnandjen
音楽
アンドリュー・リッパ
歌詞
トム・グリーンウォルド
脚本
トム・グリーンウォルド、アンドリュー・リッパ
演出・翻訳・訳詞・ムーブメント
市川洋二郎
出演
森崎ウィン
田代万里生(ジョン役Wキャスト)
新妻聖子
濱田めぐみ(ジェン役Wキャスト)
ミュージシャン
ピアノコンダクター:YUKA、Riko
チェロ:中林成爾、関根あやか
パーカッション:米元美彦、高橋治子
2023年12月26日 夜公演
大阪 新歌舞伎座
出演 森崎ウィン 新妻聖子