マミちゃんのスカートのなか
矢口マミは変なやつだ。スズメの気持ちが分かるとか、私は未来人だとかそういうことを高校入学一発目の自己紹介で言い放ち、周囲を困惑させた。でも、妙な魅力があって不思議と嫌う人はいなかった。僕もそのうちの1人である。むしろ、僕は彼女に淡い恋心すら抱いていた。そんな矢口マミは高校2年の夏休みの間に世界を一周すると言って僕の前から姿を消した。そして帰ってくることは二度となかった。聞いた話によると、旅の最中パキスタンでアナコンダに飲み込まれて死んだらしい。なんだそれは。僕は頭を抱えた。でも、彼女のことだからいつかひょっこり帰ってくるかもしれないという叶わない期待を胸に僕は彼女待ち続けていた。秋の虫が鳴き、太陽はオレンジの閃光を放ち地平線へ沈んだ。もう12月だった。諦めよう。死人が帰ってくる訳はないのである。今頃彼女はあの世で楽しくテトリスをやっているんだ。きっとそうに違いない。新しい年を迎えたらこの気持ちも無かったことにしよう。僕は大晦日にそう決意して眠りについた。
目を覚ますと僕はパキスタンにいた。それも山奥。右も左もわからない僕はとにかく町へ下ろうと懸命に歩き続けた。
「僕クン、町はそっちじゃないってスズメが言ってる」
不意に声が聞こえた。ちょっとハスキーで澄んだ声。間違えるはずもない矢口マミの声であった。
「矢口さんどこにいるの?」
居場所を尋ねると 君の足元 と言った。足元を見やると、何やら小さくて黒いものが……。
「アッ、アナコンダの…フンだ……」
「僕クン、私アナコンダに食べられちゃったんだよね」
うん、知ってるよ。でも、ええ…。
「私は今アナコンダのフンをやっているわ。いつかはこの山の肥料となって花になるんだわ。そして風が吹いて、種が世界中に散る。もう一度世界一周に挑戦するつもりよ」
そうして矢口さんは今まで見てきた世界のことを教えてくれた。パリで有名な画家に弟子入りしたこと、エジプトで新しい遺跡を発見したこと、マニラの夕日がとんでもなく綺麗だったこと。
「でも、なんでアナコンダなんかに食べられちゃったの矢口さん」
僕はしゃがんでまんまるになった彼女に尋ねた。
「僕クンにでっかいアナコンダを見せてあげたかったの」
「なんだあ…そんなことかあ…」
たしかにこんなに大きいフンならデカイんだろうな…。
「矢口さんは自己紹介のときにスズメの気持ちが分かるとか言ってたけど、人間の気持ちってわかるの?」
矢口さんは珍しくちょっと考えてから、
「わからない」とだけ言った。
「じゃあ、言わせてもらうけど、僕は君のことが好きなんだよ」
「アナコンダのフンでも?」
「きみはきみだよ」
変な人ね とマミさんは言った。君の方が変だ
と僕は言い返した。パキスタンの夕日はそれなりに綺麗だった。
「ねえ、世界巡りなんてやめて僕と一緒に暮らそうよ」
矢口さんは迷う素振りも見せず断った。
「私いつか宇宙に行きたいのよ」
アナコンダのフンなのに。やっぱり変な人だ。
「そっか。僕火星が好きなんだ。火星に行ったら教えてね」
そう言うと彼女はどこかへ行ってしまった。
「真実はスカートのなかよ。僕クン」
そう言い残して。
目を覚ますと一月一日だった。
「初夢…縁起悪…」
今までの出来事は全て夢だったらしい。そりゃそうだ。あんなに馬鹿馬鹿しいことが現実にあってたまるか。
「でも…伝えられて…良かった」
僕はちょっと泣いた。
そのあと僕はマミさんの家に行って部屋に入れてもらった。やっぱり部屋もヘンテコでセミの抜け殻やらよくわからない置物がゴロゴロ転がっていた。そしてクローゼットから彼女の制服の持ち出して、スカート中を覗いた。
僕はそのあと家に帰って録画をしたガキ使を見た。最高に面白いけど、やっぱりちょっと可哀想に思えて、お尻が痛くなった、気がする。